・・・ と笑いながら言って、記者たちは、もうそろそろ太宰も酔って来た、この勢いの消えないうちに、浮浪者と対面させなければならぬと、いわばチャンスを逃さず、私を自動車に乗せ、上野駅に連れて行き、浮浪者の巣と言われる地下道へ導くのでした。 け・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・「うむ、これで母と子の対面もすんだ。それでは、いよいよインフレーションの救助に乗り出す事にしましょう。まず、新鮮な水を飲まなければいけない。お母さん、薬缶を貸して下さい。私が井戸から汲んでまいります。」 細田氏ひとりは、昂然たるもの・・・ 太宰治 「女神」
・・・甦生した新しい茂兵衛が出現して対面してから、この思い出す瞬間までのカットの数が少しばかり多すぎるから思い出しがわざとらしくなるのではないか。あの間隔をもっとつめるか、それとも、もっと「あわただしさ」を表象するような他のカットのそうにゅうで置・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・芭蕉はもう一ぺん万葉の心に帰って赤裸で自然に対面し、恋をしかけた。そうして、自然と抱合し自然に没入した後に、再び自然を離れて静観し認識するだけの心の自由をもっていた。 芭蕉去って後の俳諧は狭隘な個性の反撥力によって四散した。洒落風からは・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・しかし世界の広い学界の中にはまれに変わり種の人間もいて、流行の問題などには目もくれず、自分の思うままに裸の自然に対面して真なるものの探究に没頭する人もあるから、いつの日にかこれらの物理学圏外の物理現象が一躍して中央壇上に幅をきかすことがない・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・と、西宮は小声に言いながら後向きになり、背を欄干にもたせ変えた時、二上り新内を唄うのが対面の座敷から聞えた。「わるどめせずとも、そこ放せ、明日の月日の、ないように、止めるそなたの、心より、かえるこの身は、どんなにどんなに、つらかろう――・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・もし、そのモメントの価値を、各作家が日本の大衆の歴史的経験の一部として血肉をもって自覚し、それを表現しようと努め、しかも、それは絶対に許そうとしなかった強権とはっきり対面して立ったならば、今日、日本文芸の眺めはよほど違ったものとなっていたで・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・こういう場面で母娘の対面は実に重荷であった。我々母親は十何年来別々に暮して来ているので、警察で会っても二つの生活の対立の感じは、消すことが出来ないのであった。「どうやらこうやってはいるけれどもね」 まじまじ自分を眺め母親は、「本・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 教壇の未亡人 勇士の未亡人で、新しい生活の道を教壇に見出したひとたちが、いよいよ一ヵ年の師範教育を終えて、九段の対面もすました。 百数十名のこれらの健康な夫人たち若い母たちが、子供と共に経験したこの一年に・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ このようにして櫛田さんとわたしとは初対面した。やがてわれわれみんなの間に新しい友情や仕事がもたらされるということについては、その時は何もしらずに。 やがて櫛田さんが帰ってから、栄さんはその人について少し説明した。もうその頃は男女学・・・ 宮本百合子 「その人の四年間」
出典:青空文庫