・・・本間さんはしばらく、腰の広さ十囲に余る酒臭い陸軍将校と、眠りながら歯ぎしりをするどこかの令夫人との間にはさまって、出来るだけ肩をすぼめながら、青年らしい、とりとめのない空想に耽っていた。が、その中に追々空想も種切れになってしまう。それから強・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・就中海軍の将校たちの大声に何か話しているのは肉体的に不快だった。彼は二本目の「朝日」に火をつけ、プラットフォオムの先へ歩いて行った。そこは線路の二三町先にあの踏切りの見える場所だった。踏切りの両側の人だかりもあらかた今は散じたらしかった。た・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・なるほどそう云われて見ると、黒々と盛り上った高地の上には、聯隊長始め何人かの将校たちが、やや赤らんだ空を後に、この死地に向う一隊の士卒へ、最後の敬礼を送っていた。「どうだい? 大したものじゃないか? 白襷隊になるのも名誉だな。」「何・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 二七 画 僕は幼稚園にはいっていたころには海軍将校になるつもりだった。が、小学校へはいったころからいつか画家志願に変っていた。僕の叔母は狩野勝玉という芳崖の乙弟子に縁づいていた。僕の叔父もまた裁判官だった雨谷に南画・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ ガンルウムに集った将校たちはこんなことを話して笑ったりした。少年らしい顔をしたA中尉もやはり彼等の一人だった。つゆ空に近い人生はのんびりと育ったA中尉にはほんとうには何もわからなかった。が、水兵や機関兵の上陸したがる心もちは彼にもはっ・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・彼は征服した敵地に乗り込んだ、無興味な一人の将校のような気持ちを感じた。それに引きかえて、父は一心不乱だった。監督に対してあらゆる質問を発しながら、帳簿の不備を詰って、自分で紙を取りあげて計算しなおしたりした。監督が算盤を取りあげて計算をし・・・ 有島武郎 「親子」
・・・今年の春、私は若い将校が長い剣を釣って、若い女性と肩を並べながら、ひどく気取った歩き方で大阪の焼跡を歩いているのを目撃した時、若さというものはいやらしいもんだと思った。何故男は若い女性と歩く時、あんなに澄ましこんだ顔をしなければならぬのだろ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・一人の将校が軍刀の柄に手をかけて、白樺の下をぐる/\歩いていた。口元の引きしまった、眼が怒っている若い男だ。兵卒達の顔には何かを期待する色が現れていた。将校は、穴や白樺や、兵卒の幾分輝かしい顔色を意識しつゝ、なお、それ等から離れて、ほかの形・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 彼は、若し将校か、或は知らない者であった場合には、何もかも投げすてて逃げ出そうと瞬間に心かまえたくらいだった。「また、やって来たな。」武石は笑った。「君かい。おどかすなよ。」 松木は、暫らく胸がどきどきするのが止まらなかっ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・みんな将校が占領するんだ。――俺達はその悪い役目さ。」 吉原は暖炉のそばでほざいていた。 飼主が――それはシベリア土着の百姓だった――徴発されて行く家畜を見て、胸をかき切らぬばかりに苦るしむ有様を、彼はしばしば目撃していた。彼は百姓・・・ 黒島伝治 「橇」
出典:青空文庫