・・・男女、性を異にするも其間に高低尊卑の差なし。若し其差別ありとならば事実を挙げて証明せざる可らず。其事実をも言わずして古の法に云々を以て立論の根拠とす、無稽に非ずして何ぞや。古法古言を盲信して万世不易の天道と認め、却て造化の原則を知らず時勢の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・政府の官途に奉職すればとて、その尊卑は毫も効なきものと知るべし。仏蘭西の大学校にて、第一世ナポレオンはその学事会員たるを得たれども、第三世ナポレオンはついにこれを許されざりしという。同国にて学権の強大なること、もって証すべし。 我が日本・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・故に上士の常に心を関するところは、尊卑階級のことに在り。この一事においては、往々事情に適せずして有害無益なるものあり。誓えば藩政の改革とて、藩士一般に倹約を命ずることあり。この時、衣服の制限を立るに、何の身分は綿服、何は紬まで、何は羽二重を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・同居して妻たる者が夫に対して誠を尽す可きは言うまでもなき事にして、両者一心同体、共に苦楽を与にするの契約は、生命を賭して背く可らずと雖も、元来両者の身の有様を言えば、家事経営に内外の別こそあれ、相互に尊卑の階級あるに非ざれば、一切万事対等の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 今かりに一歩を譲り、倫理教科書中、私徳のことに説き及ぼさざるに非ず、「一家の間は専ら親愛をもってなる云々、一夫一妻にしてその間に尊卑の幣を免かるるは云々」等の語さえあれば、私徳の要ももとより重んずるところなりと説を作すも、本書をもって・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・こと他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱には触るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損ずべからずとして、上下尊卑の分を明らかにし、例の内行禁句の一事・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・子供に交って遊んだ初から大人になって社交上尊卑種々の集会に出て行くようになった後まで、どんなに感興の湧き立った時も、僕はその渦巻に身を投じて、心から楽んだことがない。僕は人生の活劇の舞台にいたことはあっても、役らしい役をしたことがない。高が・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・これは尊卑を主とする道徳であり、したがって貴族主義的である。君子道徳と結びつき得る素地は、ここに十分に成立しているのである。 この道徳の立場は、「敵を愛せよ」という代わりに「敵を敬せよ」という標語に現わし得られるかもしれない。「信玄家法・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・これがまず人間の尊卑をきめるだろう。五 生の苦患に対する態度については、それが道徳的に大きい意義を持てば持つほど、より大きい危険がある。 病苦は号泣や哀訴によってごまかすことはできても、全然逃避し得る性質のものでない。し・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
・・・君主と高ぶり奴隷と卑しめらるるは習慣の覊絆に縛されて一つは薔薇の前に据えられ他は荊棘の中に棄てられたにほかならぬ、吾人相互の尊卑はただ内的生命の美醜に定まる。心霊の大なるものが英傑である。幾千万の心霊を清きに救いその霊の住み家たる肉体を汚れ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫