・・・江戸は諸国の老若貴賤が集まっている所だけに、敵の手がかりを尋ねるのにも、何かと便宜が多そうであった。そこで彼等はまず神田の裏町に仮の宿を定めてから甚太夫は怪しい謡を唱って合力を請う浪人になり、求馬は小間物の箱を背負って町家を廻る商人に化け、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ こう矢継ぎ早やに尋ねられるに対して、若い監督の早田は、格別のお世辞気もなく穏やかな調子で答えていたが、言葉が少し脇道にそれると、すぐ父からきめつけられた。父は監督の言葉の末にも、曖昧があったら突っ込もうとするように見えた。白い歯は見せ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・いつなりけん、途すがら立寄りて尋ねし時は、東家の媼、機織りつつ納戸の障子より、西家の子、犬張子を弄びながら、日向の縁より、人懐しげに瞻りぬ。 甲冑堂 橘南谿が東遊記に、陸前国苅田郡高福寺なる甲冑堂の婦人像を記せるあり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって呉れるのやさかい、僕はこないに嬉しいことはない。充分飲んで呉れ給え」と、酌をしてくれた。「僕も随分やってるよ。――それよりか、話の続きを聴こうじゃないか?」「それで、僕等の後備歩兵第○聨・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを喜兵衛は大切に保管して、翌年再び上府した時、財布の縞柄から金の員数まで一々細かに尋ねた後に返した。これが縁となって、正直と才気と綿密を見込まれて一層親しくしたが、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ この手紙を書いた女は、手紙を出してしまうと、直ぐに町へ行って、銃を売る店を尋ねた。そして笑談のように、軽い、好い拳銃を買いたいと云った。それから段々話し込んで、に尾鰭を付けて、賭をしているのだから、拳銃の打方を教えてくれと頼んだ。そし・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・と、大きな声でふいに尋ねました。 少年は、正直に、その日もらってきた金の高を話しますと、みんなは、びっくりして目をみはりました。「小僧、だれに話をつけて、俺の縄張り内を荒らしゃあがったか。その金を、みんなここへ出してしまえ。」と、脊・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・しかしあまりそれが不思議なので、私はうしろから尋ねずにはいられなかった。「それなんです? 顔をコスっているもの?」「これ?」 夫人は微笑とともに振り向いた。そしてそれを私の方へ抛って寄来した。取りあげて見ると、やはり猫の手なので・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ところがある日のことでございました、『御免なさい』と太い声で尋ねて来た者があります。『いらっしゃい』とお俊は起ってゆきましたが、しばらく何かその男とこそこそ話をしていましたが、やがて私の枕元に参りまして、『頭領が見えました、何かあなたに・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・かかる所へ尋ね入る事、浅からざる宿習也。かかる道なれども釈迦仏は手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に立ちそひ、日月は眼に入りかはらせ給ふ故にや、同十七日、甲斐国波木井の郷へ着きぬ。波木井殿に対面ありしかば大に悦び、今生は実長が身に及ばん程は・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫