・・・五十円持って旅に出たまずしい小心者が、そのお金をどんな工合いに使用したか、汽車賃、電車代、茶代、メンソレタム、一銭の使途もいつわらず正確に報告する小説を書こうと思います。 ふざけた事ばかりを書きました。きょうは女房から手紙が来ました。御・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・君みたいな助平ったれの、小心ものの、薄志弱行の徒輩には、醜聞という恰好の方法があるよ。まずまあ、この町内では有名になれる。人の細君と駈落ちしたまえ。え?」 僕はどうでもよかった。酒に酔ったときの青扇の顔は僕には美しく思われた。この顔はあ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・けれども、小心卑屈の私には、それが出来ない。きょう、この作品を雑誌社に送らなければ、私は編輯者に嘘をついたことになる。私は、きょうまでには必ずお送り致します、といやに明確にお約束してしまっているのである。編輯者は、私のこんな下手な作品に対し・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私は、いやらしいくらいに小心な債務家のようなものであった。 私は私の家庭生活を、つぎつぎと破壊した。破壊しようとする強い意志が無くとも、おのずから、つぎつぎと崩壊した。私が昭和五年に弘前の高等学校を卒業して大学へはいり、東京に住むように・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・家郷追放、吹雪ノ中、妻ト子トワレ、三人ヒシト抱キ合イ、行ク手サダマラズ、ヨロヨロ彷徨、衆人蔑視ノ的タル、誠実、小心、含羞ノ徒、オノレノ百ノ美シサ、一モ言イ得ズ、高円寺ウロウロ、コーヒー飲ンデ明日知レヌ命見ツメ、溜息、他ニ手段ナキ、コレラ一万・・・ 太宰治 「創生記」
・・・私はあなたが、あの豊田さんのお家にいらした事があるのだという事を知り、よっぽど当代の太左衛門さんにお願いして紹介状を書いていただき、あなたをおたずねしようかと思いましたが、小心者ですから、ただそれを空想してみるばかりで、実行の勇気はありませ・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 思うに、太宰はあれは小心者だから、ウイスキイでも飲ませて少し元気をつけさせなければ、浮浪者とろくに対談も出来ないに違いないという本社編輯部の好意ある取計らいであったのかも知れませんが、率直に言いますと、そのウイスキイは甚だ奇怪なしろも・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・ ただ、T家よりの銅銭の仕送りに小心よくよく、或いは左、或いは右。真実、なんの権威もない。信じないのか、妻の特権を。 含羞は、誰でも心得ています。けれども、一切に眼をつぶって、ひと思いに飛び込むところに真実の行為があるのです。できぬとな・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・こんどの旅行に就いても、私は誰にも知らせず、永遠に黙しているつもりでいたのですが、根が小心の私には、とても隠し切る事の出来そうもないので、かえって今は洗いざらい、この旅行の恥を君に申し上げてしまうのです。そのほうが、いいのだ。あとで私も、さ・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・どうか、あの、小心にめんじて、おゆるし下さい。」割に素直に書けたと思った。 太宰治 「六月十九日」
出典:青空文庫