・・・……小曲は終わった。木枯のような音が一しきり過ぎていった。そのあとはまたもとの静けさのなかで音楽が鳴り響いていった。もはやすべてが私には無意味だった。幾たびとなく人びとがわっわっとなってはまたすーっとなっていったことが何を意味していたのか夢・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・いわゆる力作は、何だかぎくしゃくして、あとで作者自身が読みかえしてみると、いやな気がしたり等するものであるが、気楽な小曲には、そんな事が無いのである。れいに依って、その創作集も、あまり売れなかったようであるが、私は別段その事を残念にも思って・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。 北欧の、果てもなき平野の奥に・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
哀愁の詩人ミュッセが小曲の中に、青春の希望元気と共に銷磨し尽した時この憂悶を慰撫するもの音楽と美姫との外はない。曾てわかき日に一たび聴いたことのある幽婉なる歌曲に重ねて耳を傾ける時ほどうれしいものはない、と云うような意を述・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・また Odelettes と題せられた小曲の中にも、次の如きものがある。Un petit roseau m'a suffiPour faire frmir l'herbe hauteEt tout le prEt・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 小曲 小さな男の児が 大きい椅子の根っこで じぶくっている 父親は遂に夕飯に帰れず となりの子供たちは みんな出払っている休日の夜。 男の児はじぶくっている「お父ちゃまとお風呂に入りた・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫