・・・と、お君のおきまり文句らしいのを聴くと、僕が西洋人なら僕の教えた片言を試みるのだろうと思われて、何だか厭な、小癪な娘だという考えが浮んだ。僕はいい加減に見つくろって出すように命じ、巻煙草をくわえて寝ころんだ。 まず海苔が出て、お君がちょ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・などと、小癪なことを吐す受付の小使までも、心の中では彼の貴い性質を尊敬して、普通の会社員と同じようには見ていない。 日本橋呉服町に在る宏壮な建築物の二階で、堆く積んだ簿書の裡に身を埋めながら、相川は前途のことを案じ煩った。思い疲れている・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・深き夜を焦せとばかり煮え返るほのおの声は、地にわめく人の叫びを小癪なりとて空一面に鳴り渡る。鳴る中には砕けて砕けたる粉が舞い上り舞い下りつつ海の方へと広がる。濁る浪の憤る色は、怒る響と共に薄黒く認めらるる位なれば櫓の周囲は、煤を透す日に照さ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・一々を実際の目で見ると、生物に与えられた狡智が、可笑しく小癪で愛らしい。いじめる気ではなく、怪我をさせない程度にからかうのは、やはり楽しさの一つだ。 ついこの間の晩、縁側のところで、私は妙な一匹の這う虫を見つけた、一寸五分ばかりの長さで・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・と云う表情を、日にやけた小癪な反り鼻のまわりに浮べる。 もう一遍、さも育ちきった若者らしく、じろりと私に流眄をくれ、かたりと岡持をゆすりあげ、頓着かまいのない様子で又歩き出す。三尺をとっぽさきに結んだ小さい腰がだぶだぶの靴を引ずる努力で・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・それは、仏像拝観に訪ねた私たちを案内したりもてなしたりしてくれる僧侶が、大概ごく若いのにまるで大人ぶり、それも一人前の坊さんぶるのではない軽薄な美術批評家ぶって、小癪な口を利き立てる淋しさである。やっと十九か二十ぐらいの、修業ざかりと思われ・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・自負心の強い太鼓は忽ち小癪な奴だと思った。俺が折角いい心持で美くしい体を日に暖めているのに、何だ、此那見すぼらしい体をしている癖に突当ったりして! 其処で彼は「おいおい、気をつけてくれ、俺が此処にいるよ」と云った。「私が何かしま・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・ 十五歳で、辛辣に小癪にも人類への軽蔑を表現しているマリア。同時に「人は何故誇張なしに話ができないのだろうか」と苦しんでいる正直なマリア。十六の正月はロオマで迎えられた。この四ヵ月にわたるロオマとネエプルの旅の間で、マリアの第二の愛・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫