・・・ その時も、私は、下手な小細工をしたって仕様が無いと思って、「まっすぐに、ここさ来た」と本当の事を言ったのですが、嫁は別にそれを気にとめる様子も無く、あたらしい薪を二本、炉にくべて、また縫い物を続けます。 へんな事をおたずねするよう・・・ 太宰治 「嘘」
・・・を作ろうとしてあがきもがいた揚句の果の、ぎごちないぶざまな小細工に違いないのだ。心がそのところにあらざれば、脚がさわったって頬がふれたって、それが「恋愛」の「きっかけ」などになる筈は無いのだ。かつて私は新宿から甲府まで四時間汽車に乗り、甲府・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・叔父さんは、きっと何か小細工をして岩見先生に近づき、こんなお手紙を私の父にお書き下さるようにさまざま計略したのです。それに違いないのです。「叔父さんが、おたのみになったのよ。それにきまっているわ。叔父さんは、どうしてこんな、こわい事をなさる・・・ 太宰治 「千代女」
・・・「今度の奴は生利に小細工をしやがる。今に見ろ、大臣に言って遣るから。此間委員会の事を聞きに往ったとき、好くも幹事に聞けなんと云って返したな。こん度逢ったら往来へ撮み出して遣る。往来で逢ったら刀を抜かなけりゃならないようにして遣る。」・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・前者のほうは容易に説明のできる小細工のおもしろみであるに対して、後者のほうには一口には説明のできない深い暗示があり不思議なアトモスフェアがあるのである。ラート教授の下宿の朝食のトロストロースな光景はかなりよくできている。いつも鳴く小鳥が死ん・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・し、自分がこれまで待っていた人が現われた、待ちに待っていた生活がやっと来た、と狂喜しながら、何故、妹や、或は古藤に向って、噂が嘘であるかのように、いわゆる潔白な自身というものを認めさせようとするような小細工をする気になるか。その点こそ十分に・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・故意と仕込むのは、植木に盆栽と云う変種を作って悦ぶ人間のわるい小細工としか思われない。世にも胸のわるいのは、欧州婦人がおもちゃにする、小さな、ひよわい、骸骨に手入れの届いた鞣皮を張りつけたような Pocket dog 或は Sleeve d・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・一人として、過度な緊張からくる一種の疲労を感じないもののない程、我々人間は、人間の小細工でこしらえすぎた過去の文化に対して連帯責任を持っているし、他面から考えれば、そんなことを、都会人らしい感傷と女々しさでくどくどいっていられない、大切の時・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・ 戦争に敗けて国民が生活の苦しさにあえいでいる時、賢いと自負している男達の中にはまだまだ小慧しい小細工を弄し政治界等に勢力を張ろうと懸命になっているものがありますが、今こそ女の人はほんとうに賢くなり正しく立派な自分達のための代表者を選び・・・ 宮本百合子 「家庭裁判」
・・・生きる霊魂には斯ういう忘我がなければならない。小細工に理窟で修繕するのではない根からすっかり洗われるのだ。そして軽々と「果」を超える。只一点に成るのだ。 昔小学校で送った幾年かの記憶は、渾沌としている。其の渾沌の裡に只三つ丈光った星・・・ 宮本百合子 「追慕」
出典:青空文庫