・・・ ところが、尋常三年生の冬、学校がひけて帰ってくると、新次の泣声が聴えたので、咄嗟に浜子の小言を覚悟して、おそるおそる上ると、いい按配に浜子の姿は見えず、父が長火鉢の前に鉛のように坐って、泣いている新次をぼんやりながめながら、煙草を吹か・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ただ、父親が教えてくれた通り弾かねば、いつまでも稽古がくりかえされたり、小言をいわれたりするのが怖さに、出来るだけ間違えないようにと鼻の上に汗をかいているだけに過ぎなかった。――ヴァイオリンを弾くことが三度の飯より好きなわけでは、さらになか・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・Kは小言を並べながらも、金の無い時には古本や古着古靴などまで持たして寄越した。彼は帰って来て、「そうらお土産……」と、赤い顔する細君の前へ押遣るのであった。(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るので・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・外はさすがに少しは風があるのでそこからぶらぶら歩いていますと、向うから一人の男が、何かぶつぶつ口小言を云いながらやって参ります、その様子が酔っぱらいらしいので私は道を避けていますとよろよろと私の前に来て顔を上げたのを見れば藤吉でございました・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「今日彼時から往ったら親方が厭な顔をしてこの多忙しい中を何で遅く来ると小言を言ったから、実はこれこれだって木戸の一件を話すと、そんな事は手前の勝手だって言やアがる、糞忌々しいからそれからグングン仕事に掛って二時過ぎになるとお茶飯が出たが・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・路々ぶつ/\小言を云いながら通って行くのを私も二三耳にした。そんな連中が、飲食店に内地米の稲荷ずしでも売っているのを見つけようものなら、忽ち売切れとなってしまうのである。 そこで宿屋や、飲食店の商売繁栄策としても内地米が目標となる。・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 麦を踏み折られて、ぶつ/\小言を云わずにいられなかったのは小作人だ。 親爺は、麦が踏み折られたことを喜んだ。 地主も、自作農も、麦が踏まれたことは、金が這入ることを意味する。 敷地買収の交渉が来た。 一畝、十二円六十銭・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・こういうこともない例ではありませんが、飽までも練れた客で、「後追い小言」などは何も言わずに吉の方を向いて、 「帰れっていうことだよ」と笑いましたのは、一切の事を「もう帰れ」という自然の命令の意味合だと軽く流して終ったのです。「ヘイ」とい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 奥さんの小言の飛沫は年長のお嬢さんにまで飛んで行った。お嬢さんは初々しい頬を紅めて、客や父親のところへ茶を運んで来た。 この子供衆の多勢ゴチャゴチャ居る中で、学士が一服やりながら朝顔鉢を眺めた時は、何もかも忘れているかのようであっ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・が、涙は小言などには頓着してはいません。花婿は、友達と一緒に花嫁を見に来ました。神が、彼に供える犠牲の獣を選びに被来ったように、スバーを見に来た人を見ると、親達は心配とこわさで、クラクラする程でした。物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫