・・・尼寺のおばさん達が、表面に口小言を言って、内心に驚歎しながら、折々送ってくれる補助金を加えても足らない。ウィイン市内で金貸業をしているものは多いが、一人としてポルジイと取引をしたことのないものはない。いざ金がいるとなると、ポルジイはどんな危・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・しかし階下ではちゃんと先生の声がしていて、それがたいていいつも細君だか女中だかにはげしい小言を浴びせかける声であった。やっとの思いで待ちおおせて手術を受ける時間は五分か十分である。そうして短くても一週間は通って毎日このとおりのことを繰り返さ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・道太は宿命的に不運な姉やその子供たちに、面と向かって小言を言うのは忍びなかった。それに弱者や低能者にはそれ相当の理窟と主張があって、それに耳を傾けていれば際限がないのであった。 辰之助もその経緯はよく知っていた。今年の六月、二十日ばかり・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・田崎が事の次第を聞付けて父に密告したので、お悦は可哀そうに、馬鹿をするにも程があるとて、厳しいお小言を頂戴した始末。私の乳母は母上と相談して、当らず触らず、出入りの魚屋「いろは」から犬を貰って飼い、猶時々は油揚をば、崖の熊笹の中へ捨てて置い・・・ 永井荷風 「狐」
・・・この炬燵櫓ぐらいの高さの風呂に入ってこの質素な寝台の上に寝て四十年間やかましい小言を吐き続けに吐いた顔はこれだなと思う。婆さんの淀みなき口上が電話口で横浜の人の挨拶を聞くように聞える。 宜しければ上りましょうと婆さんがいう。余はすでに倫・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・拙著『時事小言』の第四編にいわく、「ひっきょう、支那人がその国の広大なるを自負して他を蔑視し、かつ数千年来、陰陽五行の妄説に惑溺して、事物の真理原則を求むるの鍵を放擲したるの罪なり。天文をうかがって吉兆を卜し、星宿の変をみて禍福を憂・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・このぬれける袖もたちまちかわきぬべう思はるれば、この新しき井の号を袖干井とつけて濡しこし妹が袖干の井の水の涌出るばかりうれしかりける 家に婢僕なく、最合井遠くして、雪の朝、雨の夕の小言は我らも聞き馴れたり。「独楽どく・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・自分の縫ったものについて頻りに小言を云われる。夢の中にあり乍ら、私は、十七の生徒で真個に意地悪を云われた時と同様の苦しい胸の迫る心持になった。すると、突然、今まで居るとも思えなかった一人の友達が、多勢の中から突立ち、どうしたことか、まるでま・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・はたきの音が殊に劇しいので、木村は度々小言を言ったが、一日位直っても、また元の通りになる。はたきに附けてある紙ではたかずに、柄の先きではたくのである。木村はこれを「本能的掃除」と名づけた。鳩の卵を抱いているとき、卵と白墨の角をしたのと取り換・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・郵便配達からは小言の食いづめにあった。それからは固く釘で打ちつけたが、それでも門標はすぐ剥がされた。この小事件は当時梶一家の神経を悩ましていた。それだけ、今ごろ標札のかわりに色紙を欲しがる青年の戯れに実感がこもり、梶には、他人事ではない直接・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫