・・・するとしばらく歩いている内に、大砲の音や小銃の音が、どことも知らず聞え出した。と同時に木々の空が、まるで火事でも映すように、だんだん赤濁りを帯び始めた。「戦争だ。戦争だ。」――彼女はそう思いながら、一生懸命に走ろうとした。が、いくら気負って・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・それが余り突然すぎたので、敵も味方も小銃を発射する暇がない。少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨のある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟に馬の頭をその方へ立て直した。勿論その時は、万一自分が・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・――これが又右の手には小銃を持ち、左の手にはピストルを持って一時に二人射殺すと言う、湖南でも評判の悪党だったんだがね。………」 譚は忽ち黄六一の一生の悪業を話し出した。彼の話は大部分新聞記事の受け売りらしかった。しかし幸い血のよりもロマ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・』『砲弾か小銃弾か?』『穴は大きい』『じゃア、後方にさがれ!』『かしこまりました!』て一心に僕は駆け出したんやだど倒れて夢中になった。気がついて見たら『しっかりせい、しつかりせい』と、独りの兵が僕をかかえて後送してくれとった・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 遠くで、豆をはぜらすような小銃の音がひびいた。 ドミトリー・ウォルコフは、乾草がうず高く積み重ねられているところまで丘を乗りぬけて行くと、急に馬首を右に転じて、山の麓の方へ馳せ登った。そこには屋根の低い、木造の百姓家が不規則に建ち・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・顛覆した列車の窓からとび出た時の、石のような雪の感触や、パルチザンの小銃とこんがらがった、メリケン兵のピストルの轟然たる音響が、まだ彼の鼓膜にひゞいていた。 腕はしびれて重かった。それは、始め火をつけたようにくゎッ/\と燃え立っていたが・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・四時過ぎに、敵味方の歩兵はともに接近した。小銃の音が豆を煎るように聞こえる。時々シュッシュッと耳のそばを掠めていく。列の中であっと言ったものがある。はッと思って見ると、血がだらだらと暑い夕日に彩られて、その兵士はガックリ前にった。胸に弾丸が・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 小銃弾の速度は毎秒九百メートルほどである。それで約一キロメートル前方の山腹で一斉射撃の煙が見えたら、それから一秒余おくれて弾が来て、それからまた二秒近くおくれて、はじめて音が聞こえるわけである。こんな事もトーキーの場合には問題になりう・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・あわれに打ちくだかれた骨の正しい手当、また傷の中の小銃弾や大砲の弾丸の破片をX光線の透写によって発見する装置が、この恐ろしい近代戦になくてもよいのであろうか。 キュリー夫人は科学上の知識から、大規模の殺戮が何を必要としているかを見た。罪・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫