・・・そこで何かと忙しい思をしている中に、いつか休暇も残少なになった。新学期の講義の始まるのにも、もうあまり時間はない。そう思うと、いくら都踊りや保津川下りに未練があっても、便々と東山を眺めて、日を暮しているのは、気が咎める。本間さんはとうとう思・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・頓て浮世の隙が明いて、筐に遺る新聞の数行に、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、名前も出まいて。ただ一名戦死とばかりか。兵一名! 嗟矣彼の犬のようなものだな。 在りし昔が顕然と目前に浮ぶ。これはズッと昔の事、尤もな、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ しゅうど 美わしき菫の種と、やさしき野菊の種と、この二つの一つを石多く水少なく風勁く土焦げたる地にまき、その一つを春風ふき霞たなびき若水流れ鳥啼き蒼空のはて地に垂るる野にまきぬ。一つは枯れて土となり、一つは若葉・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・教案が生徒を圧迫する度が少なければ少ないほど、生徒は卒業の資格を得やすいだろう。一日六時間、そのうち四時間は学校、二時間は宅で練習すれば沢山で、それすら最大限である。もしこれで少な過ぎると思うなら、まあ考えてみるがいい。若いものは暇な時間で・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・つまりピアノ線の両端に錘をつけたようなものをやたらと空中へ打ち上げれば襲撃飛行機隊は多少の迷惑を感じそうな気がする。少なくも爆弾よりも安価でしかもかえって有効かもしれない。 戦争のないうちはわれわれは文明人であるが戦争が始まると、たちま・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・つまりピアノ線の両端に重錘をつけたようなものを矢鱈と空中に打ち上げれば襲撃飛行機隊は多少の迷惑を感じそうな気がする。少なくも爆弾よりも安価でしかも却って有効かもしれない。 戦争のないうちは吾々は文明人であるが、戦争が始まるとたちまちにし・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・故に各種原因の重要の度を比較して、影響の些少なるものを度外視し、いわゆる「近似」を求むるを常とす。しかしてこれら原因の取捨の程度に応じて種々の程度の近似を得るものと考う。この方法は物理的科学者が日常使用する所にして、学者にとりてはおそらく自・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・その瞬間に乞食としての自分の情緒がいくらかの変化を受けはしないだろうか。少なくともこの時のこの男はそんな心持がしたのではないかという気がする。彼の顔の表情には私がこれまで見たあらゆる乞食に見られない柔らかく温かいある物があった。 彼はそ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ こういう法律は今日では賛成者が少なそうに思われる。債務者の方が多数だから。 七 三七二頁には次のような話がある。 ある宗派の修道者が、人から、何故死体を火葬にするかという理由を聞かれた時にこう答えた・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・ ところが水素の混合の割合があまり少な過ぎるか、あるいは多過ぎると、たとえ火花を飛ばせても燃焼が起らない。尤も火花のすぐそばでは、火花のために化学作用が起るが、そういう作用が、四方へ伝播しないで、そこ限りですんでしまう。 流言蜚語の・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
出典:青空文庫