・・・の態度を持すと声明していた。尤もそれを信用する争議団員は一人もありはしなかったが……しかし、モウ今日では、利平達は、社長の唯一の手足であり、杖であった。会社の浮沈を我身の浮沈と考えていた。彼等は争議団員中の軟派分子を知っていた。またいろいろ・・・ 徳永直 「眼」
・・・私は是非とも、新に二度目の飼犬を置くように主張したが、父は犬を置くと、さかりの時分、他処の犬までが来て生垣を破り、庭を荒すからとて、其れなり、家中には犬一匹も置かぬ事となった。尤も私は、その以前から、台所前の井戸端に、ささやかな養所が出来て・・・ 永井荷風 「狐」
・・・器械的な自然界の現象のうち、尤も単調な重複を厭わざるものには、すぐこの型を応用して実生活の便宜を計る事が出来るかも知れない。科学者の研究が未来に反射するというのはこのためである。しかし人間精神上の生活において、吾人がもし一イズムに支配されん・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・――尤も、コーターマスター達は、神経衰弱になるほど骨を折った。ギアーを廻してから三十分もして方向が利いて来ると云うのだから、瀬戸中で打つからなかったのは、奇蹟だと云ってもよかった。―― 彼女は三池港で、船艙一杯に石炭を積んだ。行く先はマ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ する中に、知らず識らず文学の影響を受けて来た。尤もそれには無論下地があったので、いわば、子供の時から有る一種の芸術上の趣味が、露文学に依って油をさされて自然に発展して来たので、それと一方、志士肌の齎した慷慨熱――この二つの傾向が、当初・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・斯んな歌になって見ると、棺の窮屈なのも却て趣味が無いではないが、併し今自分の体が棺の中に這入っておると考えると、可成窮屈にないようにして貰いたい感じがする。尤もこれは肺病患者であると、胸を圧せられるなども他の人よりは幾倍も窮屈な苦しい感じが・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ みんなは、尤もだと思って、それから西の方の笊森に行きました。そしてだんだん森の奥へ入って行きますと、一本の古い柏の木の下に、木の枝であんだ大きな笊が伏せてありました。「こいつはどうもあやしいぞ。笊森の笊はもっともだが、中には何があ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・それ以来幸なことに白痴は一人も出なかった。尤も、気違いが一人いたが。――三十五になる、村ではハイカラな女であった。彼女は東京に出て、墓地を埋めて建てた家を知らずに借りて住んだ。そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 尤もこの女中は、本能的掃除をしても、「舌の戦ぎ」をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・これは尤もなことである。さまで理解困難な現象ではないのである。何ぜならこれは、今迄用い適用されていた感覚が、その触発対象を客観的形式からより主観的形式へと変更させて来たからに他ならない。だが、そこに横たわった変化について、理論的形式をとって・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫