・・・その一つは彼等が一時の状態を永久の傾向であると見ることであり、もう一つは局部の側相を全体の本質と考えることである」 自己を軽蔑する心、足を地から離した心、時代の弱所を共有することを誇りとする心、そういう性急な心をもしも「近代的」というも・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・見渡すお堀端の往来は、三宅坂にて一度尽き、さらに一帯の樹立ちと相連なる煉瓦屋にて東京のその局部を限れる、この小天地寂として、星のみひややかに冴え渡れり。美人は人ほしげに振り返りぬ。百歩を隔てて黒影あり、靴を鳴らしておもむろに来たる。「あ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 軽い手術だから医者は局部注射の必要もないと言ったが、夏目さんは強いてコカエン注射をしてもらった上に、いざ手術に取りかかると実に痛がる様子を見せたので、看護婦どもが笑ったそうである。そんなことを話してから夏目さんは「近頃、主人公の威厳を・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・シネマと、ラヂオのごとき、一地域もしくは、局部の生活に抵抗せず、超国土的に、一般の大衆に訴へんとするものが、それである。これ等の統一的な芸術にあっては、はじめより、大衆に共通する趣味、興味、感情、思想等を標準とし、普遍性を指標とするを特色と・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ロレンツのごとき優れた老大家は疾くからこの問題に手を附けて、色々な矛盾の痛みを局部的の手術で治療しようとして骨折っている間に、この若い無名の学者はスイスの特許局の一隅にかくれて、もっともっと根本的な大手術を考えていた。病の根は電磁気や光より・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そのほんとうの原因的機巧はまだよくわからないが、要するに物理的には全くただ小規模の地震であって、それが小局部にかつ多くは地殻表層に近く起こるというに過ぎないであろうと判断される。 もし「孕のジャン」として知られた記録どおりの現象が、実際・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ことに空気を局部的に熱したときに起る対流渦動の実験にはいつもこれを使っていたが、後には線香の煙や、塩酸とアンモニアの蒸気を化合させて作る塩化アンモニアの煙や、また近頃は塩化チタンの蒸気に水蒸気を作用させて出来る水酸化チタンの煙を使ったりして・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・顔の面積が大きくなっただけに困難は前よりもいっそう大きかった。局部にとらわれて全体の権衡を見失う事もいよいよ多かった。セザンヌが「わかりますか、ヴォラール君。輪郭線が見る人から逃げる」と言ったほんとうの意味はよくはわからぬが、全くそういった・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・こういう大規模の大地震に比べると先年の関東地震などはむしろ局部的なものとも言える。今後いつかまたこの大規模地震が来たとする。そうして東京、横浜、沼津、静岡、浜松、名古屋、大阪、神戸、岡山、広島から福岡へんまで一度に襲われたら、その時はいった・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・すなわち地殻のその特別の局部に、そのような特別の歪力を起すに到ったのは何故かという事である。これが源因の第三段階である。 問題がここまで進んで来ると、それはもはや単なる地震のみの問題ではなくなる。地殻の物理学あるいは地球物理学の問題とな・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
出典:青空文庫