・・・かの子さんの小説がどっさり現れるようになってから、かの子さんの顔を見ると、いつも私の心に起って来る妙な居心地わるさというか苦しいというか名状しがたい心持について、暫く考えて見たく思うのである。 一口に云えば、印刷になった彼女の小説を読む・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・ ○ 検察官や夜の宿の時も強く感じたのだが、私共は、俳優諸君が劇中の人物として、何かしながら気軽に口笛を吹いたり、一寸巧者にピアノに触ろうとしたり、鼻歌でも唱おうとする時、何故とも知らず居心地わるい程、跋のわるさ、危ッかしさを・・・ 宮本百合子 「「三人姉妹」のマーシャ」
・・・ ――桜の園――然しこれは、何だか居心地わるい桜の園だ。すべてが大きすぎる。ラネフスカヤの家に、オペラの大道具が突立っている。オペラ物らしくぞんざいで、色ばかり塗りたくってある。 経済的理由で、唯一晩の興行に、できる丈間に合わせをや・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 公共建築や宮殿のようなものは例外として、中流の、先ず心の楽しさを得たい為に、居心地よい家を作ろうとするような者は、此位の共力が、決して不当なものではあるまいと思います。新らしい家と云うものが、ちっとも、贅沢な、フリーボラスな気分を醸さ・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ ここは、然し静かで、居心地よくて極く早い夜の和らぎが満ちている。雄鳩は不安なき眠りの悦びを感じながら優しく、「クウウウウウ」と喉を鳴らした。雌は繊い脚をあげ耳のわきをしとやかに掻いた。そして、一層ぴったり雄のそばによった。二羽・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・はる子は、千鶴子と喋っていると、屡々心持の奥に原因ある居心地わるさを感じるようになった。何というか、次第に彼女の気の毒さとそぐわなさとを同時に感じる度が強くなったとでも云うのであろうか。 この感情は或る日、千鶴子が自分の仕事について話し・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 若い娘の居ない村は私にとっていかにも居心地がわるかった。 私は若い力の乏しい村はきらって居るのだ。 神官 八十を越して髪も真白になった神官はM氏と云った。 澄んだ眼と高い額とは神に仕えるにふさわしい崇尊・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・―― 互に居心地わるく思っていると、もう食事の終りかけに、やっと一人、若いアメリカ人が入って来た。私共は本能的な人なつかしさで、彼が椅子の背を掴んで腰かけるのや、テーブルの下で長い脚を交互に動かしたりするのを眺めた。衝立の陰から、前菜の・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 真の文化性、文化に立った婦人の創造力というものは、こういう非合理や非現実に自然な居心地わるさを感じるものだろうと思われる。教育の程度というようなものが、文化の程度や質と一致するといい切れない適切な実例であると思う。教育は彼女たちに物価・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・ 率直に感想を述べると、私には村山や中野の話の中に、何か腑に落ちず、居心地わるい心持を与えられるものがある。あのようにいい頭といわれる頭をもっていて、自分たちが、転向するようになった気持が自分にもよく分らないといってそれを押すのは、事情・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
出典:青空文庫