・・・二人で屋外からでも帰って来ると、一番先におせんの足音を聞付けるのはこのマルだった。そして、彼女の裾に纏い着いたものだ。大塚さんは、この小さい犬を抱いて可愛がったおせんが、まだその廊下のところに立っているようにも思った。 食堂へ行って・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・かくては、襖の蔭で縫いものをしている家の者に迄あなどられる結果になるやも知れぬという、けち臭い打算から、私は友人を屋外に誘い出し、とにもかくにも散策を試み、それでもやはり私の旗色は呆れる程に悪く、やりきれず、遂には、その井の頭公園の池のほと・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・凱旋の女王の如く、誇らしげに胸を張って、ドミチウスや、おまえの世の中が来た、と叫び、ネロを抱いて裸足のまま屋外に駈け出し、花一輪無き荒磯を舞うが如く歩きまわり、それから立ちどまって永いことすすり泣いた。 アグリパイナはロオマへ帰って来て・・・ 太宰治 「古典風」
・・・私は首筋を平手で叩いてみた。屋外は、凄いどしゃ降りだ。菅笠をかぶって洗面器をとりに風呂場へ行った。「先生お早うす。」 学校に近い部落の児が二人、井戸端で足を洗っていた。 二時間目の授業を終えて、職員室で湯を呑んで、ふと窓の外を見・・・ 太宰治 「新郎」
・・・そうしてすべての人達が屋外へ飛び出してしまった後に一人残って飲み残りの紅茶をなめながら振動の経過を出来るだけ詳細に観察しようと努力していた。あとでこの事を友人に話したら腰が抜けて逃げられなくなったんじゃないかといって笑われたくらいであった。・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・春の日光が屋外に出ると暖く眩ゆいが、障子をしめた斜南向の室内はまだ薄すり冷たく暗いというような日、はる子はぽっつり机の前に坐っていた。からりと格子が開いた。「いらっしゃいますか」 千鶴子の声であった。出るといきなり、「あなた丁字・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・国防飛行協会クラブ主催屋外音楽会の広告ベンチがいくつも壁にそって並んでいる。 赤い布で頭を包んだ婦人郵便配達が、ベンチの上へパンパンに書附類の入った黒鞄をひろげいそがしそうに何か探している。太い脚を黒い編あげ靴がキュッとしめている。・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・の門をはいって行くと、右手の庭に屋外食堂が出来ている。雨のふる日、椅子は足をさかさに立てて軒の内、テーブルの上へかたづけられている。が、今は、元の講堂が、作家たちの普通の食堂になっている。各作家団体の事務所はもとのままだが、地下室は閉鎖され・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・ この二つの入口だけであと天窓ほかない此家の内部は屋外からのぞいた明るい眼では、なかなか見られないほど暗く陰気である。 野菜の「すえ」た臭いと、屋根の梁の鶏の巣から来る臭いが入りまじって気味悪く鼻をつく。 暗さになれてよく見ると・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫