・・・その途端につき当りの風景は、忽ち両側へ分かれるように、ずんずん目の前へ展開して来る。顔に当る薄暮の風、足の下に躍るトロッコの動揺、――良平は殆ど有頂天になった。 しかしトロッコは二三分の後、もうもとの終点に止まっていた。「さあ、もう・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・が、落莫たる人生も、涙の靄を透して見る時は、美しい世界を展開する。お君さんはその実生活の迫害を逃れるために、この芸術的感激の涙の中へ身を隠した。そこには一月六円の間代もなければ、一升七十銭の米代もない。カルメンは電燈代の心配もなく、気楽にカ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・けれどもこれから展開されるだろう場面の不愉快さを想像することによって、彼の心はどっちかというと暗くされがちだった。 矢部は父の質問に気軽く答え始めた。その質問の大部分が矢部にとっては物の数にも足らぬ小さなことのように、「さようですか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 結局僕の今度の生活の展開なり退縮なりは、全く僕一個に係った問題で、これが周囲に対していいことになるか、悪いことになるかはよくわからない。だけれども僕の人生哲学としては、僕は僕自身を至当に処理していくほかに、周囲に対しての本当に親切なや・・・ 有島武郎 「片信」
・・・言換えれば椿岳は実にこの不思議な時代を象徴する不思議なハイブリッドの一人であって、その一生はあたかも江戸末李より明治の初めに到る文明急転の絵巻を展開する如き興味に充たされておる。椿岳小伝はまた明治の文化史の最も興味の深い一断片である。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・年子は、刹那の後に展開する先生との楽しき場面を想像して、胸をおどらしながら入ってゆきました。 先生のお母さんらしい人が、夕飯の仕度をしていられたらしいのが出てこられました。そして、年子が、先生をたずねて、東京からきたということをおききな・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
最近は、政治的に行きつまり、経済的にも、また行きつまっている様な気がする。その反映は文芸の上にも現われていないことはない。だが、この時にこそ、文芸は、展開せられるのでもある。我々は、常に、思想の自由を有している。空想し、想像することの・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・児童を中心とする文学は、それ自からの中に児童の世界を展開し、生活し、観察し、思考することより描かれたものでなければならぬ。児童の心理は一脈共通するところがあり、これによって反省し、自覚し、また批判をなすのであります。従って、これらの文学より・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・例えば志賀直哉の小説は、小説の要素としての完成を示したかも知れないが、小説の可能性は展開しなかった。このことは、小説というものについて、ことに近代小説の思想性について少しでも考えた人なら、誰しも気づいていた筈だが、最高の境地という権威がわざ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 二 山が、低くなだらかに傾斜して、二つの丘に分れ、やがて、草原に連って、広く、遠くへ展開している。 兵営は、その二つの丘の峡間にあった。 丘のそこかしこ、それから、丘のふもとの草原が延びて行こうとしているあたり・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫