・・・この正月の元旦に、富森助右衛門が、三杯の屠蘇に酔って、「今日も春恥しからぬ寝武士かな」と吟じた、その句がふと念頭に浮んだからである。句意も、良雄が今感じている満足と変りはない。「やはり本意を遂げたと云う、気のゆるみがあるのでございましょ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・きのうは、お雑煮を食べたり、お屠蘇を飲んだり、ちょいちょい起きて不養生をしていましたね。無理をしては、いけません。熱のある時には、じっとして寝ているのが一ばんいいのです。あなたは、からだの弱い癖に、気ばかり強くていけません。」 さかんに・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 以上は新春の屠蘇機嫌からいささか脱線したような気味ではあるが、昨年中頻発した天災を想うにつけても、改まる年の初めの今日の日に向後百年の将来のため災害防禦に関する一学究の痴人の夢のような無理な望みを腹一杯に述べてみるのも無用ではないであ・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・ 屠蘇と吸物が出る。この屠蘇の盃が往々甚だしく多量の塵埃を被っていることがある。尤も屠蘇そのものが既に塵埃の集塊のようなものかもしれないが、正月の引盃の朱漆の面に膠着した塵はこれとは性質がちがい、また附着した菌の数も相当に多そうである。・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・「もうよございます。屠蘇をも一杯飲もうか。おいおい硯と紙とを持て来い。何と書てやろうか。俳句にしようか。出来た出来た。大三十日愚なり元日なお愚なりサ。うまいだろう。かつて僕が腹立紛れに乱暴な字を書いたところが、或人が竜飛鰐立と讃めてくれた事・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ 三ガ日の繁忙をさけて来ている浴客だが、島田に結った女中が朱塗りの屠蘇の道具を運んで部屋毎に、「おめでとうございます。どうぞ本年もよろしく」と障子をあけた。正月が来たような、去年と変らぬ川瀬の音で来ぬような一種漠然とした心持・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・部屋部屋の大掃除、灯がついてから正月の花を持って来る花屋、しまって置いた屠蘇の道具を出す騒ぎ。其処へ六時頃、父上が、外気の寒さで赤らんだ顔を上機嫌にくずし乍ら、「どうですね、仕度は出来ましたか」と、何か紙包を持って帰宅されるだろう。・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫