・・・それから山城の貉が化ける。近江の貉が化ける。ついには同属の狸までも化け始めて、徳川時代になると、佐渡の団三郎と云う、貉とも狸ともつかない先生が出て、海の向うにいる越前の国の人をさえ、化かすような事になった。 化かすようになったのではない・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・さてこうなって考えますと、叔母の尼さえ竜の事を聞き伝えたのでございますから、大和の国内は申すまでもなく、摂津の国、和泉の国、河内の国を始めとして、事によると播磨の国、山城の国、近江の国、丹波の国のあたりまでも、もうこの噂が一円にひろまってい・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・客は、宇治紫暁と云う、腰の曲った一中の師匠と、素人の旦那衆が七八人、その中の三人は、三座の芝居や山王様の御上覧祭を知っている連中なので、この人たちの間では深川の鳥羽屋の寮であった義太夫の御浚いの話しや山城河岸の津藤が催した千社札の会の話しが・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・てしまったので、やけになり世にすねたあげく、いっそこの世を見限ろうとしたこともあるが、五年後の再会を思いだしたので、ふたたび発奮して九州へ渡り、高島、新屋敷などの鉱山を転々とした後、昨年六月から佐賀の山城礦業所にはいって働いているが、もしあ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・武之允といういかめしい名を寺の和尚から附けてもらった男で隣村に越す坂の上に住んでいる若い者でした。『なんだ。武之允山城守』『全く修蔵様は尺八が巧いよ』とにやにや笑うのです。この男は少し変りもので、横着もので、随分人をひやかすような口・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・如何にも日本武士的、鎌倉もしくは足利期的の仏であるが、地蔵十輪経に、この菩薩はあるいは阿索洛身を現わすとあるから、甲を被り馬に乗って、甘くない顔をしていられても不思議はないのである。山城の愛宕権現も勝軍地蔵を奉じたところで、それにつづいて太・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ この津藤セニョオルは新橋山城町の酒屋の主人であった。その居る処から山城河岸の檀那と呼ばれ、また単に河岸の檀那とも呼ばれた。姓は源、氏は細木、定紋は柊であるが、店の暖簾には一文字の下に三角の鱗形を染めさせるので、一鱗堂と号し、書を作ると・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ 二人は真昼に街道を歩いて、夜は所々の寺に泊った。山城の朱雀野に来て、律師は権現堂に休んで、厨子王に別れた。「守本尊を大切にして往け。父母の消息はきっと知れる」と言い聞かせて、律師は踵を旋した。亡くなった姉と同じことを言う坊様だと、厨子・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・文明十七年の山城の国一揆、長享二年の加賀の一向一揆などはその著明な例である。これらは兼良の没後数年にして起こったことであるが、世界の情勢からいうと、インド航路打通の運動がようやくアフリカ南端に達したころの出来事である。 このころ以後の民・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫