・・・髪は、ほどけて、しかもその髪には、杉の朽葉が一ぱいついて、獅子の精の髪のように、山姥の髪のように、荒く大きく乱れていた。 しっかりしなければ、おれだけでも、しっかりしなければ。嘉七は、よろよろ立ちあがって、かず枝を抱きかかえ、また杉林の・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私は、幼時、金太郎よりも、金太郎とふたりで山にかくれて住んでいる若く美しい、あの山姥のほうに、心をひかれた。また、馬に乗ったジャンダアクを忘れかねた。青春のころのナイチンゲールの写真にも、こがれた。けれども、いま、眼のまえに在るこの若い、処・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・ 犬蓼の花くふ馬や茶の煙 店さきの柿の実つゝく烏かな 名物ありやと問えば力餅というものなりとて大きなる餅の焼きたるを二ッ三ッ盆に盛り来る。 山姥の力餅売る薄かななど戯れつつ力餅の力を仮りて上ること一里余杉樅の・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
出典:青空文庫