・・・やがてそれが溶け初める頃、復た先生は山歩きでもするような服装をして、人並すぐれて丈夫な脚に脚絆を当て、持病のリョウマチに侵されている左の手を懐に入れて歩いて来た。残雪の間には、崖の道まで滲み溢れた鉱泉、半ば出来た工事、冬を越しても落ちずにあ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・シナの仙人の持っていた杖は道術にも使われたであろうが、山歩きに必要な金剛杖の役にも立ったであろう。羊飼いは子供でも長い杖を持っているが、あれはなんの用にたつものか自分は知らない。牧羊者の祖先が山地の住民であったためか、それとも羊を追い回しお・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・この選集第二巻は、秋の山歩きから帰って来たときの龍のようでもある。思いがけない歳月の落葉の下から拾われた栗のような「古き小画」があったりして。 一九四八年十一月〔一九四八年十二月〕・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・塩原温泉組合は、遊山人のために何一つ発見すべきものを残して置かない。山歩きをしているうちに、偶然見つけた素晴らしい木蔭、愛すべき小憩み岩、そんなものは先へ先へと何人かの足が廻って既に札を建ててしまう。その癖、今、都会人が散策する山径が、太古・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫