・・・いつかおれはあの男が、海へ卒塔婆を流す時に、帰命頂礼熊野三所の権現、分けては日吉山王、王子の眷属、総じては上は梵天帝釈、下は堅牢地神、殊には内海外海竜神八部、応護の眦を垂れさせ給えと唱えたから、その跡へ並びに西風大明神、黒潮権現も守らせ給え・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ていたが、皆四十を越した人たちばかりで、それに小川の旦那や中洲の大将などの御新造や御隠居が六人ばかり、男客は、宇治紫暁と云う、腰の曲った一中の師匠と、素人の旦那衆が七八人、その中の三人は、三座の芝居や山王様の御上覧祭を知っている連中なので、・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 丘の隅にゃ、荒れたが、それ山王の社がある。時々山奥から猿が出て来るという処だから、その数の多いにはぎょっとしたが――別に猿というに驚くこともなし、また猿の面の赤いのに不思議はないがな、源助。 どれもこれも、どうだ、その総身の毛が真・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・――山王様のお社で、むかし人身御供があがったなどと申し伝えてございます。森々と、もの寂しいお社で。……村社はほかにもございますが、鎮守と言う、お尋ねにつけて、その儀を帳場で申しますと……道を尋ねて、そこでお一人でおのぼりなさいました。目を少・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・から、烏は熊野に八咫烏の縁で、猿は日吉山王の月行事の社猿田彦大神の「猿」の縁であるが如しと前人も説いているが、稲荷に狐は何の縁もない。ただ稲荷は保食神の腹中に稲生りしよりの「いなり」で、御饌津神であるその御饌津より「けつね」即ち狐が持出され・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・生れて間もない私が竜門の鯉を染め出した縮緬の初着につつまれ、まだ若々しい母の腕に抱かれて山王の祠の石段を登っているところがあるかと思うと、馬丁に手を引かれて名古屋の大須観音の広庭で玩具を買っている場面もある。淋しい田舎の古い家の台所の板間で・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・裏窓から西北の方に山王と氷川の森が見えるので、冬の中西北の富士おろしが吹きつづくと、崖の竹藪や庭の樹が物すごく騒ぎ立てる。窓の戸のみならず家屋を揺り動すこともある。季節と共に風の向も変って、春から夏になると、鄰近処の家の戸や窓があけ放される・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・歴史を読めば、中津藩もまたただ徳川時代三百藩の一のみ。徳川はただ日本一島の政権を執りし者のみ。日本の外には亜細亜諸国、西洋諸洲の歴史もほとんど無数にして、その間には古今英雄豪傑の事跡を見るべし。歴山王、ナポレオンの功業を察し、ニウトン、ワッ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・その婿が山王町の書肆伊三郎である。そして香以は晩年をこの夫婦の家に送った。 伊三郎の女を儔と云った。儔は芥川氏に適いた。龍之介さんは儔の生んだ子である。龍之介さんの著した小説集「羅生門」中に「孤独地獄」の一篇がある。その材料は龍之介さん・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫