・・・時々蹄鉄を打ちかえれば、どんな山道でも平気ですよ。……」 するともう若い下役は馬の脚を二本ぶら下げたなり、すうっとまたどこかからはいって来た。ちょうどホテルの給仕などの長靴を持って来るのと同じことである。半三郎は逃げようとした。しかし両・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・黄の平生密輸入者たちに黄老爺と呼ばれていた話、又湘譚の或商人から三千元を強奪した話、又腿に弾丸を受けた樊阿七と言う副頭目を肩に蘆林譚を泳ぎ越した話、又岳州の或山道に十二人の歩兵を射倒した話、――譚は殆ど黄六一を崇拝しているのかと思う位、熱心・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 石をはなれてふたたび山道にかかった時、私は「谷水のつきてこがるる紅葉かな」という蕪村の句を思い出した。 戦場が原 枯草の間を沼のほとりへ出る。 黄泥の岸には、薄氷が残っている。枯蘆の根にはすすけた泡がかたま・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・物慣れた馬は凸凹の山道を上手に拾いながら歩いて行った。馬車はかしいだり跳ねたりした。その中で彼れは快い夢に入ったり、面白い現に出たりした。 仁右衛門はふと熟睡から破られて眼をさました。その眼にはすぐ川森爺さんの真面目くさった一徹な顔が写・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と妹は、さびしい山道に立ちすくんで泣きだしそうな声を出した。ほんとうにポチが殺されるかぬすまれでもしなければいなくなってしまうわけがないんだ。でもそんなことがあってたまるものか。あんなに強いポチが殺される気づかいはめったにないし、ぬす・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ その杉を、右の方へ、山道が樹がくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱れ、どくだみの香深く、薊が凄じく咲き、野茨の花の白いのも、時ならぬ黄昏の仄明るさに、人の目を迷わして、行手を遮る趣がある。梢に響く波の音、吹当つる浜風は・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・日の暮れようという、そちこち、暗くなった山道だ。」「山道の夢でござりまするな。」「否、実際山を歩行いたんだ。それ、日曜さ、昨日は――源助、お前は自から得ている。私は本と首引きだが、本草が好物でな、知ってる通り。で、昨日ちと山を奥まで・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・むかし、熊野詣の山道に行暮れて、古寺に宿を借りた、若い娘が燈心で括って線香で担って、鯰を食べたのではない。鯰の方が若い娘を、……あとは言わずとも可かろう。例証は、遠く、今昔物語、詣鳥部寺女の語にある、と小県はかねて聞いていた。 紀州を尋・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・一人の旅商人、中国辺の山道にさしかかりて、草刈りの女に逢う。その女、容目ことに美しかりければ、不作法に戯れよりて、手をとりてともに上る。途中にて、その女、草鞋解けたり。手をはなしたまえ、結ばんという。男おはむきに深切だてして、結びやるとて、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ と思う内に、車は自分の前、ものの二三間隔たる処から、左の山道の方へ曲った。雪の下へ行くには、来て、自分と摺れ違って後方へ通り抜けねばならないのに、と怪みながら見ると、ぼやけた色で、夜の色よりも少し白く見えた、車も、人も、山道の半あたり・・・ 泉鏡花 「星あかり」
出典:青空文庫