・・・その陽だまりは、山霊に心あって、一封のもみじの音信を投げた、玉章のように見えた。 里はもみじにまだ早い。 露地が、遠目鏡を覗く状に扇形に展けて視められる。湖と、船大工と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱すようで、近く歩を入るるには惜いほ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ばかり以来、郵便物が通ずると言うのを聞くさえ、雁の初だよりで、古の名将、また英雄が、涙に、誉に、屍を埋め、名を残した、あの、山また山、また山の山路を、重る峠を、一羽でとぶか、と袖をしめ、襟を合わせた。山霊に対して、小さな身体は、既に茶店の屋・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・こんな理窟にも何にもならない理窟を考えながら、岩手山の山霊に惜しい別れを告げたのであった。 林檎畑の案山子は、樹の頂上からぴょこんと空中へ今正に飛び出した所だと云ったような剽軽な恰好をしている。農婦の派手な色の頬冠りをした恰好がポーラン・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫