・・・……ザザッ、ごうと鳴って、川波、山颪とともに吹いて来ると、ぐるぐると廻る車輪のごとき濃く黒ずんだ雪の渦に、くるくると舞いながら、ふわふわと済まアして内へ帰った――夢ではない。が、あれは雪に霊があって、小児を可愛がって、連れて帰ったのであろう・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・青い火さきが、堅炭を搦んで、真赤におこって、窓に沁み入る山颪はさっと冴える。三階にこの火の勢いは、大地震のあとでは、ちと申すのも憚りあるばかりである。 湯にも入った。 さて膳だが、――蝶脚の上を見ると、蕎麦扱いにしたは気恥ずかしい。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧が朦朧と立ち込めてほんの特許に木下闇から照射の影を惜しそうに泄らし、そして山気は山颪の合方となッて意地わるく人の肌を噛んでいる。さみしさ凄さはこればかり・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫