・・・なんでも板塀の高い家で、岡村という瓦斯燈が門先きに出てる筈だ」 暫くして漸く判った。降りて見ればさすがに見覚えのある門構、あたり一軒も表をあけてる家もない。車屋には彼が云う通りの外に、少し許り心づけをやる。車屋は有難うござりますと、詞に・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・室に残りしは二郎とわれと岡村のみ、岡村はわが手を堅く握りて立ち二郎は卓のかなたに静かに椅子に倚れり。この時十蔵室の入り口に立ちて、君らは早く逃げたまわずやというその声、その挙動、その顔色、自己は少しも恐れぬようなり。この時振動の力さらに加わ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 小学時代にかかりつけの家庭医は岡村先生という当時でももう相当な老人であった。頭髪は昔の徳川時代の医者のような総髪を、絵にある由井正雪のようにオールバックに後方へなで下ろしていた。いつも黒紋付に、歩くときゅうきゅう音のする仙台平の袴姿で・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・それからげんげんの賛は上ツフサ睦岡村ニ生レタル「ワラビ」ガ知ラヌゲンゲンノ花という歌、これは蕨真がげんげんの花を知らなかったので先日来た時に説明してやった事があるのである。もっとも十年ほど前に予が房総を旅行した時に見分した所でも上総・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・八月二十六日、府中刑務所で、今野、岡村弁護人が竹内被告に面会したとき、竹内被告との間に左のような問答が交わされた。「わたしは先日、拘留開示の前におあいしたとき、ぜんぜんこの事件には関係ないといいましたが、それはウソで、じつは私が電車を走・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ ◎岡村翁は、父親の年も一緒に数えて、百十八歳なのだと云って居るものがあるそうである。四十ばかりの妾が居るのだそうで、東京や京都に行って居るのだと云う。 ○今日彼に会って見た。年は全く百二十一歳らしい。耳も遠くなって、まめの・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 岡村順子さんの「尼になる日」、そこに幸福はないことをはっきりと見とおしながら夫を失った二十五歳の女性がそのことによって生活も失って、敗北と知りながら恐怖をもちながら、尼の生活に入ってゆこうとしている心持が飾りなく語られている。こんなに・・・ 宮本百合子 「「未亡人の手記」選後評」
出典:青空文庫