・・・まず風情はなくとも、あの島影にお船を繋ぎ、涼しく水ものをさしあげて、やがてお席を母屋の方へ移しましょう。」で、辞退も会釈もさせず、紋着の法然頭は、もう屋形船の方へ腰を据えた。 若衆に取寄せさせた、調度を控えて、島の柳に纜った頃は、そうで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・白い雲が浮かんでいるのが、島影のようにも、飛んでいる鳥影のようにも見えたのであります。 お姉さまは、いい声でうたいながら、露子の手をとってお歩きになりますと、露子も、きれいな砂を踏んで波打ちぎわを歩きました。波は、かわいらしい声をたてて・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・高ければ売り、酒あれば飲み、大声あげて歌うもわがために耳傾くるは大空の星のみ――月さゆる夜は風清し、はてなき海に帆を揚げて――ああ君はこの歌を知りたもうや――月さゆる夜は風清し――右を見るも左を見るも島影一つ見えぬ大海原に帆を揚げ風斜めに吹・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・去年、佐渡へ御旅行なされて、その土産話に、佐渡の島影を汽船から望見して、満洲だと思ったそうで、実に滅茶苦茶だ。これでよく、大学なんかへ入学できたものだ。ただ、呆れるばかりである。「西太平洋といえば、日本のほうの側の太平洋でしょう。」・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・雪江はパラソルに日をさえながら、飽かず煙波にかすんでみえる島影を眺めていた。 時間や何かのことが、三人のあいだに評議された。「とにかく肚がすいた。何か食べようよ」私はこの辺で漁れる鯛のうまさなどを想像しながら言った。 私たちは松・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫