・・・ 井侯以後、羹に懲りて膾を吹く国粋主義は代る代るに武士道や報徳講や祖先崇拝や神社崇敬を復興鼓吹した。が、半分化石し掛った思想は耆婆扁鵲が如何に蘇生らせようと骨を折っても再び息を吹き返すはずがない。結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・斯のように神仏を崇敬するのは維新前の世間の習慣で、ひとり私の家のみのことではなかったのだが、私の家は御祖母様の保守主義のために御祖父様時代の通りに厳然と遣って行った、其衝に私が当らせられたのでした。畢竟祖父祖母が下女下男を多く使って居た時の・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・私は、兵隊さんの泥と汗と血の労苦を、ただ思うだけでも、肉体的に充分にそれを感取できるし、こちらが、何も、ものが言えなくなるほど崇敬している。崇敬という言葉さえ、しらじらしいのである。言えなくなるのだ。何も、言葉が無くなるのだ。私は、ただしゃ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・は名高いわりに面白くない本であるが、「崇敬とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」としてあったものだ。デカルトあながちぼんくらじゃないと思ったのだが、「羞恥とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」もしくは、「・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しかし抒情詩人としてのニイチェには、僕としてあまり崇敬できない点がある。ゲーテも言ふ如く、詩人に哲学する精神は必要だが、詩に哲学を語ることは望ましくない。特に抒情詩に哲学は禁物である。ニイチェの場合にあつては、この禁物が多すぎる為、詩がまる・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ とさげすまれまい努力 一、高貴な人というものに対する原始的な崇敬 一、熱情的愛ウタリー ○八重の経歴一、八重の父 七つ位で死ぬ一、母の姉のところに養女にやられたが、和人の夫とけんかをして出て来る。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・日本のニヒリストとして、一部の人々から崇敬されているある文学者も、その貰った息子は学習院へ通わしている。 都内の小学校の生活は、街と家庭にあふれる社会の悪にさらされていて、十一歳から十五歳までの子供の道義は、めちゃめちゃにされている。そ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ という風な英雄像に彫り上げられた一塊の石にしかすぎぬものが、余り市民の崇敬を受けてその栄耀に傲慢となり、もとは一つ石の塊であった台座の石ころたちと抗争しつつ、遂に自身の地位に幻滅してこっぱみじんに砕けてゆく物語は、平静に、諷刺満々と語られ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 偉大なものに対する崇敬は、また偉大なる根に対する崇敬であることを考えてみなければならぬ。六 根のためには、できるならば、地の質をえらばなくてはならぬ。 果実のためには、できるならば、根を培う肥料をえらばなくてはなら・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・虚栄の権化は時に人を威圧して崇敬の念を起こさしむ。神にも近しと尊ぶ人格は時に空虚である。真の偉人は飾らずして偉である。付け焼き刃に白眼をくるる者は虚栄の仮面を脱がねばならぬ、高き地にあってすべてを洞察する時、虚栄は実に笑うに堪えぬ悪戯である・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫