・・・ ――○――◎私は自分が、空想に支配され、いつも目の先にあらゆる壮美なもの、崇高なものの幻を描きながら、毎日は手をつかね坐り、ぼんやり思いに耽って居る種類の人間であるのを知って居る。反対にAはいつも彼の手か足かで、・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・ それ等の涙をこぼさずにはいられなかったほど崇高な、力強い、まったく何物にも動かされない人格の力を、燦然と今日にまで輝やかせている人々は、彼等の未来に、どんな約束をも欲していなかったことが、先ず彼女を驚かせ、感歎させた。 それは偉い・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・自由は恋愛よりも崇高だ」。「少くとも今日においてはそうだ」という彼女の所謂理知の命令にしたがった結果なのである。 情熱的な、自然児風な魅力あるアグネスは場合によっては極めて単純に恋愛の感覚に運ばれてしまう。「度々単にある境地に押し流され・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ 人は喜びの極点に達した時に或る一種の悲しみを感じる、その口に云えない悲しみが美の極点にも崇高なものの極点にもある悲しみである。 その口に云い表わされない悲しみの心に宿った時、口に表わせない尊いすべての事がなされるのである。 千・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・バルザックはこれらの輝きある作家たちが、所謂現世の悪に穢されぬ崇高な本性を人間に見ようとしてそれを描こうとした、その人間の本性をさえ金に支配されずにはいられない現実をパリの場末町の散歩にまでも目撃せざるを得なかった。無財産で、しかも金が万事・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・こんにちの世界で語られている崇高で理想にみちた「プランも希望も、条約も――すべてこういうものは何物をも保証し得ないのである。それを保証し得るものは人間である。いかなる圧迫にも撓まぬ人間の行動であり、わがジョボロ少佐のような人々のみである」と・・・ 宮本百合子 「「ヒロシマ」と「アダノの鐘」について」
・・・彼が彼女を愛すれば愛するほど、彼の何よりも恐れ始めたことは、この新しい崇高優美なハプスブルグの娘に、彼の醜い腹の頑癬を見られることとなって来た。もし出来得ることであるならば、彼はこのとき、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの荘厳な肉体の価値・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・それは相戦う力が完全な権衡に達した時の崇高な静寂である。尽くることなき力を人の心に暗示する深い沈黙である。そうして、この簡素な太い力の間を縫う細やかな曲線と色との豊富微妙な伴奏は、荘厳に圧せられた人の心に優しいしめやかな手を触れる。――・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・そうしてこの成長、突破が年ごとに迫り行くところは、ただ偉大な古典的作品にのみ見られる無限の深さ、底知れぬ神秘感、崇高な気品、清朗な自由、荘重な落ちつきである。自分は正直に白状するが去年美術院の展覧会で初めてルノアルの原画を見たときにも、岸田・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
・・・血なき大理石の像にも崇高と艶美はある。冷たきながらも血ある「理性権化」先生は蝦蟇と不景気を争う。この道徳の上に立つ教育主義は無垢なる天人を偽善の牢獄に閉じこむ。人格の光にあらず、霊のひらめきにあらず、人生の暁を彩どる東天の色は病毒の汚濁であ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫