・・・ いちど僕は、ピアニストの川上六郎氏を、若松屋のその二階に案内した事があった。僕が下の御不浄に降りて行ったら、トシちゃんが、お銚子を持って階段の上り口に立っていて、「あのかた、どなた?」「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか。」・・・ 太宰治 「眉山」
・・・昔は将棋を試みた事もあり、また筆者などと一緒に昔の本郷座で川上、高田一座の芝居を見たこともありはしたが、中年以後から、あらゆる娯楽道楽を放棄して専心ただ学問にのみ没頭した。人には無闇に本を読んでも駄目だと云ってはいたが、実によく読書し、また・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・風のないけむったような宵闇に、蝙蝠を呼ぶ声が対岸の城の石垣に反響して暗い川上に消えて行く。「蝙蝠来い。水飲ましょ。そっちの水にがいぞ」とあちらこちらに声がして時々竹ざおの空を切る力ない音がヒューと鳴っている。にぎやかなよ・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・日奈久の温泉宿で川上眉山著「鳰の浮巣」というのを読んだ事などがスケッチの絵からわかる。浴場の絵には女の裸体がある。また紋付きの羽織で、書机に向かって鉢巻きをしている絵の上に「アーウルサイ、モー落第してもかまん、遊ぶ遊ぶ」とかいたものもある。・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・上級では川上眉山、石橋思案、尾崎紅葉などがいた。紅葉はあまり学校のほうはできのよくない男で、交際も自分とはしなかった。それからしばらくすると紅葉の小説が名高くなりだした。僕はそのころは小説を書こうなんどとは夢にも思っていなかったが、なあにお・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・ だから、捲上の線は余分な土や岩石を掘り取らないように、四十五度以上にも峻嶮に、川上と川下とから穴の中に辷り込んでいた。そして、それはトロッコの線路以上に広くは幅を取ってなかった。 これ等の事は、設計の掘鑿通り以外に、決して会社が金・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり眼をりんと張ってそっちの方をにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から「ちゃうはあぶどり、ちゃうはあぶどり」と高く叫ぶ声がしてそれからいなずまのように嘉助が、かばんをかかえて・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき、川上から、「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからす・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖の下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘り出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈んだり、時々なにかの道具が、ピカッと・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・云々といわれている彼にしてみれば、「川上の弟じゃ、菊坊じゃ!」というだけではすまさぬ複雑な部落民の先入観によって迎えられていることは明らかである。 村の社での演説の失敗は、これら数多の必要な情勢分析の不確実さから生じた当然の帰結であった・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫