・・・響いたのは、形容でも何でもない。川音がタタと鼓草を打って花に日の光が動いたのである。濃く香しい、その幾重の花葩の裡に、幼児の姿は、二つながら吸われて消えた。 ……ものには順がある。――胸のせまるまで、二人が――思わず熟と姉妹の顔を瞻った・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・また歩きだして、二町ばかり行くと、急に川音が大きくなって、橋のたもとまで来た。そこで道は二つに岐れていた。言われた通り橋を渡って暫らく行くと、宿屋の灯がぽつりと見えた。風がそのあたりを吹いて渡り、遠いながめだった。 ふと、湯気のにおいが・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・かず、私はいきなり静子の胸を突き飛ばしたが、すぐまた半泣きの昂奮した顔で抱き緊め、そして厠に立った時、私はひきつったような自分の顔を鏡に覗いて、平気だ、平気だ、なんだあんな女と呟きながら、遠い保津川の川音を聴いていた。 女の過去を嫉妬す・・・ 織田作之助 「世相」
・・・められまいと潜んでいると、ちょうど前に我が休んだあたりのところへ腰を下して憩んだらしくて、そして話をしているのは全く叔父で、それに応答えをしているのは平生叔父の手下になってはぐ甲助という村の者だった。川音と話声と混るので甚く聞き辛くはあるが・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫