・・・そこで彼等はまず神田の裏町に仮の宿を定めてから甚太夫は怪しい謡を唱って合力を請う浪人になり、求馬は小間物の箱を背負って町家を廻る商人に化け、喜三郎は旗本能勢惣右衛門へ年期切りの草履取りにはいった。 求馬は甚太夫とは別々に、毎日府内をさま・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ 一日働き暮すとさすが労働に慣れ切った農民たちも、眼の廻るようなこの期節の忙しさに疲れ果てて、夕飯もそこそこに寝込んでしまったが、仁右衛門ばかりは日が入っても手が痒くてしようがなかった。彼れは星の光をたよりに野獣のように畑の中で働き・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・世界貿易の中心点が太平洋に移ってきて、かつて戈を交えた日露両国の商業的関係が、日本海を斜めに小樽対ウラジオの一線上に集注し来らむとする時、予がはからずもこの小樽の人となって日本一の悪道路を駆け廻る身となったのは、予にとって何という理由なしに・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・腕を伸ばしても届かぬ向こうで、くるりと廻る風して、澄ましてまた泳ぐ。「此奴」 と思わず呟いて苦笑した。「待てよ」 獲物を、と立って橋の詰へ寄って行く、とふわふわと着いて来て、板と蘆の根の行き逢った隅へ、足近く、ついと来たが、・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・腹部まで水に浸されて引出された乳牛は、どうされると思うのか、右往左往と狂い廻る。もとより溝も道路も判らぬのである。たちまち一頭は溝に落ちてますます狂い出す。一頭はひた走りに先に進む。自分は二頭の手綱を採って、ほとんど制馭の道を失った。そうし・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・弾丸を込める所は、一度射撃するたびに、おもちゃのように、くるりと廻るのである。それから女に拳銃を渡して、始めての射撃をさせた。 女は主人に教えられた通りに、引金を引こうとしたが、動かない。一本の指で引けと教えられたに、内々二本の指を掛け・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・よしんば、その色は彼のモネーなぞの使った眼を奪うような赤とか、紫とか、青とかあらゆる光線に反射するようなぎらぎらした眼の廻るような色彩のみでなくとも、極く単調な灰色とか、或は黒や白であっても此の気持は出せると思う。 明るい方面でなくて、・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・私のようなことを言って救いを乞いに廻る者も希しくないところから、また例のぐらいで土地の者は対手にしないのだ。 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町を歩いた。町外れの海に臨んだ突端しに、名高い八幡宮がある。そこの高い石段を・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ おもちゃ屋の隣に今川焼があり、今川焼の隣は手品の種明し、行灯の中がぐるぐる廻るのは走馬灯で、虫売の屋台の赤い行灯にも鈴虫、松虫、くつわ虫の絵が描かれ、虫売りの隣の蜜垂らし屋では蜜を掛けた祇園だんごを売っており、蜜垂らし屋の隣に何屋があ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・で彼は、彼等の酷使に堪え兼ねては、逃げ廻る。食わず飲まずでもいゝからと思って、石の下――なぞに隠れて見るが、また引掴まえられて行く。……既に子供達というものがあって見れば! 運命だ! が、やっぱし辛抱が出来なくなる。そして、逃げ廻る。……・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫