・・・「嶽麓には湘南工業学校と言う学校も一つあるんだがね、そいつをまっ先に参観しようじゃないか?」「うん、見ても差支えない。」 僕は煮え切らない返事をした。それはついきのうの朝、或女学校を参観に出かけ、存外烈しい排日的空気に不快を感じ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・――茶の唐縮緬の帯、それよりも煙草に相応わないのは、東京のなにがし工業学校の金色の徽章のついた制帽で、巻莨ならまだしも、喫んでいるのが刻煙草である。 場所は、言った通り、城下から海岸の港へ通る二里余りの並木の途中、ちょうど真中処に、昔か・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地を奪われ商工業を壟断せられ、総ての日本人は欧米人の被傭者、借地人、借家人、小作人、下男、下女となって惴々焉憔々乎として哀みを乞うようになると予言したものもあった。又雑婚が盛んになって総・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・しかしながら文学と教育とは、工業をなすということ、金を溜めるということよりも、よほどやさしいことだと思います。なぜなれば独立でできることであるからです。ことに文学は独立的の事業である。今日のような学校にてはどこの学校にても、Mission ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・――この乱闘現場の情景を目撃してゐた一人、大和農産工業津田氏は重傷に屈せず検挙に挺身した同署員の奮闘ぶりを次のやうに語つた。――場所は梅田新道の電車道から少し入つた裏通りでした。一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路か・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・「どうしてというわけもないが、君なら三日と辛棒ができないだろうと思う。第一僕は銀行業からして僕の目的じゃないのだもの」 二人は話しながら歩いた、車夫のみ先へやり。「何が君の目的だ」「工業で身を立つる決心だ」といって正作は微笑・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・科学的発明も、化学工業も、鉄道敷設も、電信も道路の開通も、すべてが、資本主義の下にあっては、戦争準備の目標に向って集中されている。それは直接間接にプロレタリアの生活に重大な関係を持っている。反戦文学の恒常性はこゝに存在する。資本主義制度が存・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・一つきほどまえから、私のところへ、ちょいちょい日刊工業新聞という、私などとは、とても縁の遠い新聞が送られて来て、私は、ちょっとひらいてみるのであるが、一向に読むところが無い。なぜ私に送って下さるのか、その真意を解しかねた。下劣な私は、これを・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤーコブ・アインシュタインに、代数学とは一体どんなものかと質問した事があった。その時に伯父さんが「代数というのは、あれは不精もののずるい計算術である。知らない答をXと名づけて、そしてそれを知ってい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫