・・・時々吹きつける埃風も、コオトの裾を巻くかと思うと、たちまち春が返ったような暖い空気に変ってしまう。幸福、幸福、幸福…… その内にふとお君さんが気がつくと、二人はいつか横町を曲ったと見えて、路幅の狭い町を歩いている。そうしてその町の右側に・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ 蘆のまわりに、円く拡がり、大洋の潮を取って、穂先に滝津瀬、水筋の高くなり行く川面から灌ぎ込むのが、一揉み揉んで、どうと落ちる……一方口のはけ路なれば、橋の下は颯々と瀬になって、畦に突き当たって渦を巻くと、其処の蘆は、裏を乱して、ぐるぐる・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ ……にもかかわらず、烏が騒ぐ逢魔が時、颯と下した風も無いのに、杢若のその低い凧が、懐の糸巻をくるりと空に巻くと、キリキリと糸を張って、一ツ星に颯と外れた。「魔が来たよう。」「天狗が取ったあ。」 ワッと怯えて、小児たちの逃散・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・めよき女たちが紅の袴で渡った、朱欄干、瑪瑙の橋のなごりだと言う、蒼々と淀んだ水の中に、馬の首ばかり浮いたような、青黒く朽古びた杭が唯一つ、太く頭を出して、そのまわりに何の魚の影もなしに、幽な波が寂しく巻く。――雲に薄暗い大池がある。 池・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ その窓を見向いた片頬に、颯と砂埃を捲く影がさして、雑所は眉を顰めた。「この風が、……何か、風……が烈しいから火の用心か。」 と唐突に妙な事を言出した。が、成程、聞く方もその風なれば、さまで不思議とは思わぬ。「いえ、かねてお・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・こういう時は、その粉雪を、地ぐるみ煽立てますので、下からも吹上げ、左右からも吹捲くって、よく言うことですけれども、面の向けようがないのです。 小児の足駄を思い出した頃は、実はもう穿ものなんぞ、疾の以前になかったのです。 しかし、御安・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ と紫玉はもう褄を巻くように、爪尖を揃えながら、「でも何だか。」「あら、なぜですえ。」「御幣まで立って警戒をした処があっちゃあ、遠くを離れて漕ぐにしても、船頭が船頭だから気味が悪いもの。」「いいえ、あの御幣は、そんなおど・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・『八犬伝』の本道は大塚から市川・行徳雨窓無聊、たまたま内子『八犬伝』を読むを聞いて戯れに二十首を作る橋本蓉塘 金碗孝吉風雲惨澹として旌旗を捲く 仇讎を勦滅するは此時に在り 質を二君に委ぬ原と恥づる所 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・不良少年はお前だと言われるともはやますます不良になって、何だいと尻を捲くるのがせめてもの自尊心だ。闇に葬るなら葬れと、私は破れかぶれの気持で書き続けて行った。三 あれから五年になると、夏の夜の「ダイス」を想い出しながら、私は・・・ 織田作之助 「世相」
・・・引きあげられた漁船や、地引網を捲く轆轤などが白い砂に鮮かな影をおとしているほか、浜には何の人影もありませんでした。干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のともに腰を下して海を眺めていました。夜は・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
出典:青空文庫