・・・道人はすぐに筆を執って、巻紙にその順序を写した。 銭を擲げては陰陽を定める、――それがちょうど六度続いた。お蓮はその穴銭の順序へ、心配そうな眼を注いでいた。「さて――と。」 擲銭が終った時、老人は巻紙を眺めたまま、しばらくはただ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・並べた巻紙の上包の色も褪せたが、ともしく重ねた半紙は戸棚の中に白かった。「御免なさいよ、今日は、」と二三度声を掛けたが返事をしない。しかしこんな事は、金沢の目貫の町の商店でも、経験のある人だから、気短にそのままにしないで、「誰か居ませんか、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。 朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもなら・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・八方手をつくしたのですが、よい方法がなく、五六回、巻紙を出したり、ひっこめたりして、やっと書きます。この辺の気持ちお察し下さい。今月末まで必ず必ずお返しできるゆえ、××家あたりから二十円、やむを得ずば十円、借りて下さるまいか? 兄には、決し・・・ 太宰治 「誰」
・・・畳一畳位の長さの巻紙に何か書いて来た。何でも僕は教育家になって何うとかするという事が書いてあって、外に女の事も何か書いてあった。これは冷かしであった。一体正岡は無暗に手紙をよこした男で、それに対する分量は、こちらからも遣った。今は残っていな・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・とおっしゃると娘はだまったままで包を開くとライオンのふる箱の中に少し許の巻紙と筆と封筒が入って居た。「今日はもうこれ丈うれたのかい」とおっしゃるとだまったままでうなずいて一寸私の顔をぬすみ見てはよれよれになった袂の先をいじって居る。お祖母様・・・ 宮本百合子 「同じ娘でも」
・・・ 叔母からよこした手紙にはこの次の日曜に御馳走をしてやるから来いと云うだけの用にいろいろのお飾りをつけてくどくどと巻紙半本も書いたかと思うほど長く書いてあった。 よっぽどの時間と根気がなけりゃあ。 千世子は叔母のひらった・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 珍らしく巻紙へ細い字で書き続けた。 蝶が大変少ない処だとか。 魚の不愉快な臭いがどこかしらんただよって居る。とか云ってよこした返事を丁寧に馬鹿正直な位に書いた。 三日ほどしたらいらっしゃいとも云ってやった。 白い無・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ 斯ういう紙に書くと、巻紙より沢山かくわけね。若しこれが巻紙であったら、もう長い、長い。もやーさん片手で一杯握り切れない位かもしれません。明日、ヴヴノワさんのところへ一寸行くつもりです。それから、若しまだその気があれば Sitting ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
出典:青空文庫