・・・兎角コチンコチンコセコセとした奴らは市区改正の話しを聞くと直に日本が四角の国でないから残念だなどと馬鹿馬鹿しい事を考えるのサ。白痴が羊羹を切るように世界の事が料理されてたまるものか。元来古今を貫ぬく真理を知らないから困るのサ、僕が大真理を唱・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・その日は日比谷公園を散歩しながら久し振でゆっくり話そう、ということに定めて、街鉄の電車で市区改正中の町々を通り過ぎた。日比谷へ行くことは原にとって始めてであるばかりでなく、電車の窓から見える市街の光景は総て驚くべき事実を語るかのように思われ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・『たけくらべ』や『今戸心中』のつくられた頃、東京の町にはまだ市区改正の工事も起らず、従って電車もなく、また電話もなかったらしい。『今戸心中』をよんでも娼妓が電話を使用するところが見えない。東京の町々はその場処場処によって、各固有の面目を・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・いくら東京に市区改正が激しく行われたって、そう毎年建てたばかりの家の位置を動かさなければならぬというように変化していやアしない。現に私の家などは建った時から今日まで市区改正に掛らずにいる。ほよど辺鄙な所にあるのだからでしょう。けれどもたとい・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ロンドンの上流社会の住んでいる市区によくこんな立派な、幅の広い町があるが、ここの通りはそれに似ている。 ピエエル・オオビュルナンは良久しく物を案じている。もうよほど前からこの男は自己の思索にある節制を加えることを工夫している。神学者にで・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・みイちゃんは婚礼したかどうかしらッ。市区改正はどれだけ捗取ったか、市街鉄道は架空蓄電式になったか、それとも空気圧搾式になったかしらッ。中央鉄道は聯絡したかしらッ。支那問題はどうなったろう。藩閥は最う破れたかしらッ。元老も大分死んでしまったろ・・・ 正岡子規 「墓」
出典:青空文庫