-
・・・二郎は欄に倚りわれは帆綱に腰かけしまま深き思いに沈みしばしは言葉なかりき。なんじはまことに幸いなる報酬を得たりと思うや二郎、とわれは二郎の顔を仰ぎて問いぬ。 二郎は目を細くして月を仰ぎつ、うれしき報酬とは思わず、されどかの少女をふびんな・・・
国木田独歩
「おとずれ」
-
・・・舳へ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱を手繰っていた。 自分は大変心細くなった。いつ陸へ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒い煙を吐いて波を切って行く事だけはたしかである。その波はすこぶる広いものであった・・・
夏目漱石
「夢十夜」