・・・しかし亜米利加の映画俳優になったK君の夫人は第二の僕を帝劇の廊下に見かけていた。(僕は突然K君の夫人に「先達それからもう故人になった或隻脚の飜訳家もやはり銀座の或煙草屋に第二の僕を見かけていた。死は或は僕よりも第二の僕に来るのかも知れなかっ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・後帝劇で舞台協会の山田、森、佐々木君等がはなばなしくやった。今の岡田嘉子がかえでをやった。夏川静枝も処女出演した。 上演は入りは超満員だったが、芝居そのものは、どうも成功とはいえなかった。作者としては不平だらだらだった。しかし舞台協会の・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・ ふたりは、もう帝劇のまえまで来ていた。「入舟町へかえります。」入舟町の露路、髪結さんの二階の一室を、さちよは借りていた。「は、そうですか。」青年は、事務的な口調で言った。いよいよ不気嫌になっていた。「お送りしましょう。」 ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・むかしの帝劇専属の女優なんかがいいのだよ。」「ちがうね。女優は、けちな名前を惜しがっているから、いやだ。」「茶化しちゃいけない。まじめな話なんだよ。」「そうさ。僕も遊戯だとは思っていない。愛することは、いのちがけだよ。甘いとは思・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・と比較し、そうしてまた、フランスならびにロシアに対する日本のものとして見ようとする際には遺憾ながら私は帝劇の真夏の午後の善良なる一人のお客としての地位を享楽することの幸福を放棄しなければならなくなるのである。 たとえば文士渡辺篤君の家庭・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
帝劇でドイツ映画「ブロンドの夢」というのを見た。途中から見ただけではあるし、別に大して面白い映画とも思われなかったが、その中の一場面としてこの映画の主役となる老若男女四人が彼等の共同の住家として鉄道客車の古物をどこかから買・・・ 寺田寅彦 「鴉と唱歌」
・・・ 四 切符の鋏穴 日比谷止まりの電車が帝劇の前で止まった。前の方の線路を見るとそこから日比谷まで十数台も続いて停車している。乗客はゾロゾロ下り始めたが、私はゆっくり腰をかけていた。すると私の眼の前で車掌が乗客の一人・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そんなことを考えながら帝劇の玄関を下りて、雨のない六月晴の堀端の薫風に吹かれたのであった。 八 随筆は誰でも書けるが小説はなかなか誰にでも書けないとある有名な小説家が何かに書いていたが全くその通りだと思う。随・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・たとえばまた、銀座松屋の南入り口をはいるといつでも感じられるある不思議なにおいは、どういうものか先年アンナ・パヴロワの舞踊を見に行ったその一夕の帝劇の観客席の一隅に自分の追想を誘うのである。 郷里の家に「ゴムの木」と称する灌木が一株あっ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 数日たった後に帝劇で映画の間奏として出演しているウィンナ舞踊団を見た。アメリカのと比べてどこか「理論」の匂いがある。それだけにやはり充実した理窟なしの活力といったようなものが足りなくて淋しい。見物は義理からの拍手を送るのに骨を折ってい・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
出典:青空文庫