・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・から常に自分を守ってくれていた爪がもはやないからである。彼はよたよたと歩く別の動物になってしまう。遂にそれさえしなくなる。絶望! そして絶え間のない恐怖の夢を見ながら、物を食べる元気さえ失せて、遂には――死んでしまう。 爪のない猫! こ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・すると樋口が帰って来て、非常に怒った様子でしたが、まもなく鸚鵡がひとりでにかごへ帰って来たので、それなりに納まったらしいのです。「けれども君は、かの後の事はよく知るまい、まもなく君は木村と二人で転宿してしまったから……なんでも君と木村が・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 街頭の実践運動の背後には常に偉大なる思想がある。そして人間を実践的社会運動に駆る思想は倫理的思想である。共産主義の運動への情熱が日本の青年層を風靡し、犠牲的な行動にまで刺衝したのは、同主義の唯物的必然論にもかかわらず、依然として包蔵し・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そして、カッチリ纒りすぎる位いまとまっている。常に原始的な切ったり、はったり、殺し合いをやったりする、ロマンティックなことばかりを書いている。どんなことでも、かまわずにさっさと書いて行く、冷たい態度が僕はすきだった。燐光を放っている。短篇を・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・く理解し合うものであるから、中村の細君が一も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が多くは常に中村の原型によってこれを鋳ることをす・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・突は唯だ四囲の境遇の為めに余儀なくせられ、若くば養成せられたので、其本来の性質ではない、否な彼等は完全に一致・合同し得べき者、させねばならぬものである、動物の群集にもあれ、人間の社会にもあれ、此二者の常に矛盾・衝突すべき事情の下に在る者は衰・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 何かしら常に不満で、常にひとりぼっちで、自分のことしか考えないような顔つきをしている三郎が、そんな鶯のまねなぞを思いついて、寂しい少年の日をわずかに慰めているのか。そう思うと、私はこの子供を笑えなかった。「かあさんさえ達者でいたら・・・ 島崎藤村 「嵐」
本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そ・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・丈はすらりとしているし、眼は鈴を張ったようにぱっちりしているし、口は緊って肉は痩せず肥らず、晴れ晴れした顔には常に紅が漲っている。今日はあいにく乗客が多いので、そのまま扉のそばに立ったが、「こみ合いますから前の方へ詰めてください」と車掌の言・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫