・・・それは彼の家の煉瓦塀が、何歩か先に黒々と、現われて来たからばかりではない、その常春藤に蔽われた、古風な塀の見えるあたりに、忍びやかな靴の音が、突然聞え出したからである。 が、いくら透して見ても、松や芒の闇が深いせいか、肝腎の姿は見る事が・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・或時は 常春藤の籠にもり或時は 石蝋の壺に納め心 はるばると、祈りを捧げる 神よ、四時の ささやかな人間の寄進を 納め給え、と。冬見た私を、今日同じ私だと思うだろうか?又、雄々しい活力が、今私の心を揺る、・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 涼しいすがすがしい薫りが六の体のまわりに満ちわたった。 足の下で山鳩が鳴く。 カッコー……カッコー…… しとやかな含み声の閑古鳥の声が、どこからか聞える。 常春藤が木の梢からのび上って見上げようとし、ところどころに咲く・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫