・・・世間の風景、何となく文明開化の春をもよおし、洋学者の輩も人に悪まれ人に忌まるるその中に、時勢やむをえざるよりして、俗世界のために器として用いらるるの場合となり、余が如きも、すなわちその器の一人にして、幕府に雇われ横文書翰翻訳の仕事を得たり。・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ただし、君は旧幕府の末世にあたりて乱に処し、また維新の初において創業に際したることなれば、おのずから今日の我々に異なり。我々は今日、治世にありて乱を思わず、創業の後を承けて守成を謀る者なり。時勢を殊にし事態を同じゅうせずといえども、熱心の熱・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
日本に、言葉の正しい由緒にしたがっての、アカデミア、アカデミズムというものが在るのだろうか。徳川幕府のアカデミアであった林氏の儒学とそのアカデミズムとは、全く幕府の権力に従属した一つの思想統制のシステムであった。幕末の、進・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・恐らく徳川幕府の時代から、駒込村の一廓で、代々夏の夜をなき明したに違いない夥しい馬追いも、もうあの杉の梢をこぼれる露はすえない事になった。 種々の変遷の間、昔の裏の苺畑の話につれ、白と云う名は時々私共の口に上った。 けれども、以来犬・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ 擡頭しはじめた町人が、金の力にまかせて、贅沢な服装をし、妻女に競争でキラをきそわせたことは西鶴の風俗描写のうちにまざまざとあげられている。幕府はどんなに気をもんで、政治的な意味でぜいたく禁止令を出したろう。それは、町人たちによって、き・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・電気――エレキへの科学者としての興味をひかれ、実験を試みたことから、幕末の平賀源内が幕府から咎めを蒙った事実も忘れ難い。科学博物館編の「江戸時代の科学」という本は、簡単ではあるが、近代科学に向って動いた日本の先覚者たちの苦難な足跡を伝えてい・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・親父は幕府の造船所に勤めていたものだ。それあの何とかいう爺いさんがいたっけなあ。勝安芳よ。勝なんぞも苦労をしたが、内の親父も苦労をしたもんだ。同じ苦労をしても、勝は靱い命を持っていやぁがるから生きていた。親父はこっくり行き着いたのだ。病気も・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・ 幕府滅亡の余波で、江戸の騒がしかった年に、仲平は七十で表向き隠居した。まもなく海嶽楼は類焼したので、しばらく藩の上邸や下邸に入っていて、市中の騒がしい最中に、王子在領家村の農高橋善兵衛が弟政吉の家にひそんだ。須磨子は三年前に飫肥へ・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・室町時代の文化を何となく貶しめるのは、江戸幕府の政策に起因した一種の偏見であって、公平な評価ではない。我々はよほどこの点を見なおさなくてはなるまいと思う。 室町時代の中心は、応永永享のころであるが、それについて、連歌師心敬は、『ひとり言・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・これはもと幕府の奢侈禁止令に対して起こったことであるかもしれぬが、やがてそれが一つの好みになってくると、奢侈をなし得る能力のあるものでも、それを遠慮した形で、他人に見せびらかさない形でやることが、奥ゆかしいように感ぜられて来た。これは欧米人・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫