・・・ おれは今六十五になるが、鯛平目の料理で御馳走になった事もあるけれど、松尾の百合餅程にうまいと思った事はない。 お町は云うまでもなく、お近でも兼公でも、未だにおれを大騒ぎしてくれる、人間はなんでも意気で以て思合った交りをする位楽しみ・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・薄い平めな土坡の上に、雄の方は高く首を昂げてい、雌はその雄に向って寄って行こうとするところです。無論小さく、写生風に、鋳膚で十二分に味を見せて、そして、思いきり伸ばした頸を、伸ばしきった姿の見ゆるように随分細く」と話すのを、こっちも芸術・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・塚のやや円形に空虚にして畳二ひら三ひらを敷くべく、すべて平めなる石をつみかさねたるさま、たとえば今の人の煉瓦を用いてなせるが如し。入口の上框ともいうべきところに、いと大なる石を横たえわたして崩れ潰えざらしめんとしたる如きは、むかしの人もなか・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・と、でっぷり肥ったる大きな身体を引包む緞子の袴肩衣、威儀堂々たる身を伏せて深々と色代すれば、其の命拒みがたくて丹下も是非無く、訳は分らぬながら身を平め頭を下げた。偉大の男はそれを見て、笑いもせねば褒めもせぬ平然たる顔色。「よし、よし・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・左手には、大きい平目二まい縄でくくってぶらさげている。 奥田せんせい。やあ、いるいる。おう、菊代さんもいるな。こいつあ、いい。大いにやろう。酒もあり、さかなもある。障子の女の影法師、ふっと掻き消すようにいなくなる。・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫