・・・ この席に出でて英語を学び女工を稽古する児女百三十人余、七、八歳より十三、四歳、華士族の子もあり、商工平民の娘もあり。おのおの貧富にしたがって、紅粉を装い、衣裳を着け、その装潔くして華ならず、粗にして汚れず、言語嬌艶、容貌温和、ものいわ・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・スウルヂェエにしろ、ジネストにしろ、いずれも誰にも知られない平民的な苗字で目下自分の交際している貴夫人何々の名に比べてみれば、すこぶる殺風景である。しかしこの平民的な苗字が自分の中心を聳動して、過ぎ去った初恋の甘い記念を喚び起すことは争われ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・蕪村の俳句は芭蕉に匹敵すべく、あるいはこれに凌駕するところありて、かえって名誉を得ざりしものは主としてその句の平民的ならざりしと、蕪村以後の俳人のことごとく無学無識なるとに因れり。著作の価値に対する相当の報酬なきは蕪村のために悲しむべきに似・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・華族といや大そうなようだが引導一つ渡されりャ華族様も平民様もありゃアしない。妻子珍宝及王位、臨命終時不随者というので御釈迦様はすました者だけれど、なかなかそうは覚悟しても居ないから凡夫の御台様や御姫様はさぞ泣きどおしで居られるであろう。可哀・・・ 正岡子規 「墓」
・・・帝大とよばれた時代でも学力と学資があれば、もちろん、士族、平民という戸籍上の差別が入学者の資格を左右するものではなかった。しかし、日本のあらゆる官僚機構と学界のすべての分野に植えこまれている学閥の威力は、帝大法科出身者と日大の法科出身者とを・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・過去の雄々しい作曲家たちが、平民の生れで、諸公たち、諸紳士淑女たちの習俗に常に居心地わるがりながら、しかも僅に、その諸公、諸紳士淑女をもよろこばせる範囲の諧謔に止っていたのだとすれば、明日の作曲家たちの宇宙は、この方面にも勇ましくひろげられ・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・Strindberg は伯爵家の令嬢が父の部屋附の家来に身を任せる処を書いて、平民主義の貴族主義に打ち勝つ意を寓した。これまでもストリンドベルクは本物の気違になりはすまいかと云われたことが度々あるが、頃日また少し怪しくなり掛かっている。いず・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・彼は自身の頑癬を持った古々しい平民の肉体と、ルイザの若々しい十八の高貴なハプスブルグの肉体とを比べることは淋しかった。彼は絶えず、前皇后ジョセフィヌが彼から圧迫を感じたと同様に、今彼はハプスブルグの娘、ルイザから圧迫されねばならなかった。こ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・一平民として今自ら皇室を警衛しようと欲するものは、一体どういう手段を取ればいいのか。それには、正規の手続きを経て、軍人、巡査、警手などになればよい。しかし父はもう老年でこの内のどれにもなれない。しからばあとに残されたのは、皇居離宮などのまわ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・いかに平民主義が栄えても、天与の才に対する尊敬の念は失わるべきでない。――この点を明らかにするのが第一の任務である。 一般民衆が圧抑に対する反動をもって動くときには、ともすれば群集心理的の浮ついた気分になって、芸術を受用し得るような心の・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫