・・・しかし紙の材料をもっと精選し、もっとよくこなし、もういっそうよく洗濯して、純白な平滑な、光沢があって堅実な紙に仕上げる事は出来るはずである。マッチのペーパーや活字の断片がそのままに眼につくうちはまだ改良の余地はある。 ラスキンをほう・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 独創力のない学生が、独創力のある先生の膝下で仕事をしているときは仕事がおもしろいように平滑に進行する。その時弟子に自己認識の能力が欠乏していると、あたかも自分がひとりで大手を振って歩いているような気持ちがするであろう。しかし必ずしもそ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・木の年輪にしても、これを支配する気象的要素の週期曲線はともかくもかなり平滑で連続的であるのに、杉の木の断面の半径に沿うての物理的性質の週期的曲線は必ずしも連続的平滑ではないのである。鮭の耳石の環状構造にしても、一年の間に存するたくさんの第二・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・しかし弓の毛にも多少のむらがあるのみならず、弓の根もとに近いほうと先端に近いほうとではいろいろの関係がちがうから、そういう変化にも臨機に適当に順応して自由な弦の運動を助長し一様に平滑によい音を出すためには、ただ機械的に一定圧力一定速度で直線・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・これは山腹に露出した平滑な岩盤が適当な場所から発する音波を反響させるのだという事は今日では小学児童にでもわかる事である。岩面に草木があっては音波を擾乱するから反響が充分でなくなる事も多くの物理学生には明らかである。しかしこれらの・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・あらゆる現象は出来るだけ簡単な数式や平滑な曲線によって代表されようとした。その同じ傾向は生物に関する科学の方面へも滲透して行った。そして「自然は簡単を愛す」と云ったような昔の形而上的な考えがまだ漠然とした形である種の科学者の頭の奥底のどこか・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・それと同様に、歌仙でもあまり美しい上品なそして句調の平滑な句が続くと、すぐだれて来て活気がなくなる。われわれ初心の者の連句はとかくこうなりたがるのである。しかし古人のすぐれた連句と思うのをよく解剖してみると、どうもこの不協和音のようなものが・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。 睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸の首巻の上で目を瞠り、瞬きをせず、膝にとりおろした黄色い風呂敷包の上・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
出典:青空文庫