・・・然し、顔や手の浮腫は漸々減退して、殆んど平生に復しました。これと同時に、脚や足の甲がむくむくと浮腫みを増して来ました。そして、病人は肝臓がはれ出して痛むと言います。これは医師が早くから気にしていたことで、その肝臓が痛み出しては、いよいよこれ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・申す学問いたせしにもあらず、言わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子を持ちしまでゆえ、無論小児を育てる上に不行き届きのこと多きに引き換え、母上は例の何事も後へは退かぬご気性なるが上に孫かあいさのあまり平生はさまで信仰したまわぬ今の医師及び産・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・彼は、局長の言葉が耳に入らなかった振りをして、そこに集っている者達に栗島という看護卒が平生からはっきりしない点があることを高い声で話した。間もなく通りから、騒ぎを聞きつけて人々がどや/\這入って来た。 郵便局の騒ぎはすぐ病院へ伝わった。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・岩のわずかに裂け開けているその間に身を隠して、見咎められまいと潜んでいると、ちょうど前に我が休んだあたりのところへ腰を下して憩んだらしくて、そして話をしているのは全く叔父で、それに応答えをしているのは平生叔父の手下になってはぐ甲助という村の・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 平生わたくしを愛してくれた人びと、わたくしに親しくしてくれた人びとは、かくあるべしと聞いたときに、どんなにその真疑をうたがい、まどったであろう。そして、その真実なるをたしかめえたときに、どんなに情けなく、あさましく、かなしく、恥ずかし・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ そんなわけで、なまじっかなところではとてもあぶないので、大部分の人は、とおい山の手の知り合いの家々や、宮城前の広地や、芝、日比谷、上野の大公園なぞを目がけてひなんしたのです。平生はふつうの人のはいれない、離宮や御えんや、宮内省の一部な・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・尤も、君が痛罵したような態度を、平生僕がとっているとすれば、僕は反省しなければならぬし、自分の生活に就ても考えなければならない、事実考えてもいる。君がほんとの芸術家なら、ああいう依頼の手紙を書く者と、貰う者と、どちらがわびしい気持ちで生きて・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そこへ竜騎兵中尉が這入って来て、平生の無頓着な、傲慢な調子でこう云った。「諸君のうちで誰か世界を一周して来る気はありませんか。」 ただこれだけで、跡はなんにも言わない。青天の霹靂である。一同暫くは茫然としていた。笑談だろうか。この貴・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・と、今日は不思議にも平生の様に反抗とか犠牲とかいう念は起こらずに、恐怖の念が盛んに燃えた。出発の時、この身は国に捧げ君に捧げて遺憾がないと誓った。再びは帰ってくる気はないと、村の学校で雄々しい演説をした。当時は元気旺盛、身体壮健であった。で・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そのような場合には、ほとんどきまって、平生科学に対して反感のようなものをもっている一群の公衆、ことに新聞などによって既成科学の権威が疑われ、そのような「発見」に冷淡な学者が攻撃される。しかし科学者としては事がらの可能不可能や蓋然性の多少を既・・・ 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫