・・・宮崎龍介の妻として納り、今日その日その日をどうやら外見上平穏に過しておられるようになってしまえば、愛のない性的交渉を強制される点では伝ネムの妻であった彼女の場合より比較にならぬ惨苦につき入れられている貧困な、無力無智な女の群に対し、「女には・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・の題材とちがって、国家の権力によって組織されていた一つの巨大な野蛮と殺りくの全体系の一部分を題材としたのであるから、作者が題材としてきりとって来てそこを描き出した一片の経験は、短期間の、比較的平穏なものであったにしても、人民の芸術として読み・・・ 宮本百合子 「小説と現実」
・・・農村とても、決して平穏に彼等の拒絶をしかねているであろう。当然、ごたつく。その結果、次の当然として、強制買上供出としての強権以外の強権が発動するだろう。あちらも、こちらも、大ごたつきに揉めて、つづまるところは、何かと云えば、それを、きっかけ・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・という恐怖が目覚めて、大いそぎで涙を拭く彼女は、激情の緩和された後の疲れた平穏さと、まだ何処にか遺っている苦しくない程度の憂鬱に浸って、優雅な蒼白い光りに包まれながら、無限の韻律に顫える万物の神秘に、過ぎ去った夢の影を追うのであった。・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・けれ共此頃、彼の心に湧いて居た事々が僅かながら解りかけて来た様な心持で種々考えて見ると、彼の死は非常に平穏な形式に依った一種の自滅ではなかったかと云う事を考えさせられる。 誰も私に云ったのでも注意したのでもない。 けれ共私はそう感じ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・―― 神田に向う電車通りに出ると、空円タクがふだんの倍ほど通っているきり、平穏である。むこうから一台、ワイシャツの前にネクタイをたらし、カンカン帽の運転手に運転された電車が来た。 私の乗っているバスの俄車掌は、停留所が近くなると、長・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・ 先生の生活はまことに平穏無事である。そして幸福である。一番大きな息子は、京都で医者になってもう細君もある。けれ共、なぐさみに小さい男の児を育てたいと云って居るのである。 斯うして心配なく、こんな空気の好い処に住んで居て、早死にをし・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 十、十一、十二、平穏。 十三日 少しよくなってA、学校学校とさわぐ。 よくなって自分の仕事をして居られるのに行かないのはどうもと、義務を云々する。自分は其を姑息に感ず。 十四日 岸博士来、左胸部浸潤 来年二月頃・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・然し、愈々夜が明けると、二百十日は案外平穏なことがわかった。前夜の烈風はやんで、しとしとと落付いた雨が降っている。人々は、その雨の嬉しさにすっかり昨日の地震のことなどは忘れた。彼等は楽しそうに納屋から蓑をとり出した。そして、露のたまった稲の・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・朝夕平穏な時がなくなって、始終興奮している。苛々したような起居振舞をする。それにいつものような発揚の状態になって、饒舌をすることは絶えて無い。寧沈黙勝だと云っても好い。只興奮しているために、瑣細な事にも腹を立てる。又何事もないと、わざわざ人・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫