・・・そして、みんな気が立って、つんけんとこわい心持になっているときに、平静な、親切なこころを失わないように、そう努力することが無駄であると嗤う人はいまいと思います。 一カ月ばかり前のことでしたが、上野高女の生徒が、学校当局と意見の衝突をした・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・剰にしなければ、自分の情慾に、何のはじも感じないでよい、というような、物の考えかたを根本から立てなおす為、私共は、力のかぎり、あきらかな光明と、素朴な叡智とをのぞみ、求めて行かなければならないのです。平静に思うと、真の愛と勇気とを以て人生に・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・パリは平静です。出征する人たちの悲しみは見られますが、一般に好ましい印象を与えています。」 彼女は落着いた文章のうちに情熱をこめて、小国ながら勇敢なベルギーは容易にドイツ軍の通過を許さないだろうとフランス人はみな希望を持ち、苦戦は覚悟の・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・『くにのあゆみ』が、従来のように東洋における覇権の争奪者としての日本を描き出す態度をすてて、平静に、われらが生国日本における民族生活の推移と、諸外国との関係を扱っているのは当然である。新制『くにのあゆみ』は、その点に特別の配慮がされてい・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・単にそう考えるのではなく、全身でそう感じているために、私たちの生活全面にわたっての明るさ、平静さ、確信がヴォルガのように豊かな力で張り切りながら流れてゆく、そういう工合です。私はよくわかっている。私たちの生活で何が大切か、私の勉強について差・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それを平静に保とうとするには、やはり男の知らぬ努力がいるのです。男はこういうことに対して、それだけのことを意識として経験しなくともよいでしょうが、女性はそういうことが或る程度まで反省的に取扱われなければなりません。その上で初めて落付いて仕事・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・英雄的な性格でもなければ、さりとて傑人的な性格でもない、極くありふれた英国の相当に教養を授けられた人々の間に起る事を、平静な、息をはずませない筆で描いて行くのである。 皆が相当によい心を持っている。が、誰も非常な熱意に燃えて革命を起す人・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・に対する平静と公正とを以て向われとうございます。 地上に起る総ての事に、よき魂は無関心であってはなりません。無智であってはなりません。流転して止む事ない心の微妙な投影は、其を洞察しつつ、理解しつつ愛に満ちて統御する叡智の高度に準じて価値・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・一人の明めいせきはんだんのない狂いというものの持つ恐怖は、も早や日常茶飯事の平静ささえ伴なっている静かな夕暮だった。「ここへ来る人間は、みなあの部屋へ這入りたいのだろうが、今夜のあの灯の下には哀愁があるね。前にはソビエットが見ているし。・・・ 横光利一 「微笑」
・・・肉体の苦しみよりもむしろ虚偽と不誠実との刺激に苦しみもがいていた病人が、その瞬間に宿命を覚悟し、心の平静と清朗とを取り返すのを見た時、私の心はいかに異様な感情に慄えたろう。……私は感謝し喜び、そうして初めてまじり気のない感情でしみじみと病人・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫