映画のスクリーンの平面の上に写し出される光と影の世界は現実のわれらの世界とは非常にかけはなれた特異なものであって両者の間の肖似はむしろきわめてわずかなものである。それにもかかわらずわれわれは習慣によって養われた驚くべき想像・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・そうして空間を平面に押しひしいでしまう。そうして、その上にその平面の中のある特別な長方形の部分だけを切り抜いて、残る全部の大千世界を惜しげもなくむざむざと捨ててしまうのである。実に乱暴にぜいたくな目である。それだけに、なろう事ならその限られ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・丸竹の柄の節の上のほうを細かく裂いて、それを両側から平面に押し広げてその上に紙をはり、その紙は日月の部分蝕のような形にして、手もとに近いほうの割り竹を透かした、そういうものが、少なくもわれわれの子供時代からの団扇の定義のようなもので、それ以・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 四 橋の袂 千倉で泊った宿屋の二階の床は道路と同平面にある。自分の部屋の前が橋の袂に当っているので、夕方橋の上に涼みに来る人と相対して楽に話が出来るくらいである。 宿の主人が一匹の子猫の頸をつまんでぶら下げな・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・「あれを平面につづめればやはり画だ」「しかしあの声は?」「女は藤紫」「男は?」「そうさ」と判じかねて髯が女の方を向く。女は「緋」と賤しむごとく答える。「百二十間の廻廊に二百三十五枚の額が懸って、その二百三十二枚目の額に画いてある美人の…・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・一旦木村博士を賞揚するならば、木村博士の功績に応じて、他の学者もまた適当の名誉を荷うのが正当であるのに、他の学者は木村博士の表彰前と同じ暗黒な平面に取り残されて、ただ一の木村博士のみが、今日まで学者間に維持せられた比較的位地を飛び離れて、衆・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・読者の方で融通を利かして、その作物と同じ平面に立つだけの余裕がなくてはならぬ。ほかに一例をあげる。また沙翁を引合に出すが、あの男のかいたものはすごぶる乱暴な所がある。劇の一段がたった五六行で、始まるかと思うとすぐしまわねばならぬと思うのに、・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・同じ平面に立って、同じ程度の感情に支配される以上は小供が泣くたびに親も泣かねばならぬ。普通の小説家はこれである。彼らは隣り近所の人間を自己と同程度のものと見做して、擦ったもんだの社会に吾自身も擦ったり揉んだりして、あくまでも、その社会の一員・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・重吉があがらずせまらず、常と少しも違わない平面な調子で、あの人を妻にもらいたい、話してくれませんかと言った時には、君ほんとうかと実際聞き返したくらいであった。自分はすぐ重吉の挙止動作がふだんにたいていはまじめであるごとく、この問題に対しても・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ これは複雑の事を簡略の例で御話をするのでありますから、そのつもりでお聴きを願いますが、ここに一つの平面があって、それに他の平面が交叉しているとすると、この二つの平面の関係は何で示すかというと、申すまでもなくその両面の喰違った角度である・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫