・・・そうして毎年秋になると、一年の年貢を取り立てるために、僕自身あそこへ下って行く。所がちょうど去年の秋、やはり松江へ下った帰りに、舟が渭塘のほとりまで来ると、柳や槐に囲まれながら、酒旗を出した家が一軒見える。朱塗りの欄干が画いたように、折れ曲・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・「今年は、こちらだけでなく北海道も一帯にキキンという話だ、年貢をおさめて、あとにはワラも残らず……」和田はそれを読んでいた。と、そこへ伍長が、江原を呼びに来た。「何か用事ですか?」江原は不安げに反問した。「何でもいい。そのまま来・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・「ほいたって、あれと野上の二段とは、もう年貢を納めいでもえゝ田じゃが。」「年貢の代りに信用組合の利子がいら。」「いゝや、自分の田じゃなけりゃどうならん。」と、母は繰りかえした。「やれ取り上げるの、年貢をあげるので、すったもんだ云・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・お前も、そろそろ年貢のおさめ時じゃねえのか。やつれたぜ。」「全部、やめるつもりでいるんです。」 その編集者は、顔を赤くして答える。 この文士、ひどく露骨で、下品な口をきくので、その好男子の編集者はかねがね敬遠していたのだが、きょ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・或は百姓が年貢を納め町人が税を払うは、即ち国君国主の為めにするものなれば、自ら主君ありと言わんか。然らば即ち其年貢の米なり税金なり、百姓町人の男女共に働きたるものなれば、此公用を勤めたる婦人は家来に非ず領民に非ずと言うも不都合ならん。詰る所・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・法律は政府がこしらえるもの、その政府はなお大きい力におされているもの、悲しくもあきらめて徳川時代の農民のように、その人々を養い利潤させる年貢ばかりをさし出して、茫然とことのなりゆきを見ているしか、わたしたちにすることはないわけだろうか。・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 昔あ地主に作物をとられた。今じゃ政府だ。その間に何の違いがあるかね? 昔あ年貢が不足すりゃ鞭打ちですんだ。コンムニストは鞭の代りに書付を出しくさる! そして監獄だ! フーッ!」 土地を農民へ。ということを階級的意識の低い、農民のあるも・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・同時に、稲のできばえによって、年貢の上り高がちがう地主が、自己の利害の打算から、その季節と雨とが作物に及ぼす関係を敏感に計算する、その感情の生々しさも理解し得ないであろう。 同じ雨の朝を、登校する小学生のすべてが、同じ感情で眺めるであろ・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・の宴にもれず、仮面もかぶらずにひかえて居る、それからは年の順、役の順に長年忠義劣りない家の子、家臣の一番上坐に、殿のみどり子の時からつかえて今に尚、この頃めずらかな業物を腰にうちこんで領地の見まわり、年貢のとりたてと心をくばる御主大切に自分・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ どうしても負けてもらわなければ仕方がなくなった禰宜様宮田は、年貢納めの数日前、全く冷汗をかきながら海老屋へ出かけて行く決心をした。 小作をして、おきまり通りちゃんちゃん納められるものが、十人の中で幾人いる、何も恥かしいことじゃあな・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫