・・・我ら会員はホップ夫人とともに円卓をめぐりて黙坐したり。夫人は三分二十五秒の後、きわめて急劇なる夢遊状態に陥り、かつ詩人トック君の心霊の憑依するところとなれり。我ら会員は年齢順に従い、夫人に憑依せるトック君の心霊と左のごとき問答を開始したり。・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ * 良心は我我の口髭のように年齢と共に生ずるものではない。我我は良心を得る為にも若干の訓練を要するのである。 * 一国民の九割強は一生良心を持たぬものである。 * 我我の悲劇は年少の為、或は訓練の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ さて、お妻が、流れも流れ、お落ちも落ちた、奥州青森の裏借屋に、五もくの師匠をしていて、二十も年下の、炭屋だか、炭焼だかの息子と出来て、東京へ舞戻り、本所の隅っ子に長屋で居食いをするうちに、この年齢で、馬鹿々々しい、二人とも、とやについ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・その後九年を経て病院のかのことありしまで、高峰はかの婦人のことにつきて、予にすら一言をも語らざりしかど、年齢においても、地位においても、高峰は室あらざるべからざる身なるにもかかわらず、家を納むる夫人なく、しかも渠は学生たりし時代より品行いっ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・殊に鴎外は早熟で、年齢を早めて入学したからマダ全くの少年だった。が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろうと想像し、敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・一体、親兵衛は少年というよりは幼年というが可なるほどの最年少者であって、豪傑として描出するには年齢上無理がある。勢い霊玉の奇特や伏姫神の神助がやたらと出るので、親兵衛武勇談はややもすれば伏姫霊験記になる。他の犬士の物語と比べて人間味が著しく・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 何といっても、私が最も、年齢について、悲哀を感じたのは、その三十の年を過ぐる時でありました。「あゝ、もう青春も去ってしまったのか?」 四季について言えば、三十までは、春の日の光りの裡にまどろむ自然の如くでありました。柔らかな、・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・この年齢になるまでに、まだこのようなせみを見たこともなければ、その鳴き声に耳をすましてきいたこともなかった。全く、私にとって多彩なる自然界に対する、感歎をさらに深からしめたものです。それは別として、子供が、せみを捕るのを知って、だまっていら・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・が私の本当の年齢は今年三十三歳になった許りである。 もっとも私はこの三十三歳を以て、未だ若しとするものではない。青春といい若さといい、結局三十歳までではあるまいか。ウェルテルもジュリアンソレルもハムレットも、すべて皆二十代であった。八百・・・ 織田作之助 「髪」
・・・瓦塀の中でのいっさいの自由を奪われたような苦役生活の八年間――どれほどの重い罪を犯したものか、自分なんかにはほとんど想像もつかないことではあるが、何しろ彼はまだ当年十九歳の、いわばまだ少年と言っていい年齢だったのだ。それがそれほどの重大な犯・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫